なわばりえんげ~じりんぐ

筆々

第1章 ケダモノを縛るえんげーじりんぐ

第1話 灰色生活金色姫

「ねえ見てよあれ」



「金髪なんかにして、媚でも売ってんの?」



「……」



 風になびくお母さんから残された、金色の唯一の繋がり。

 ふわりと風に浮く金色の髪を手ですくい、あちこちから聞こえてくる僕への陰口を何とかやり過ごす。



 嘘です。

 さっきから心が痛い。



 切っ掛け、はわからない。

 お母さんが高校入学式前日に亡くなり、その他諸々の手続きやお母さんが死んだ喪失感を埋めている間に入学式から2か月の時が経っており、やっと高校に登校した時には僕の周りには敵だらけでした。



 一体僕が何をしたと言うのか。

 まったく覚えもなく、だからといって誰かに何故と問いかける勇気もない。

 僕はこの2週間、ずっとこの灰色の学園生活を耐え忍んでいた。



 今僕に、この学校に居場所はない。



 でも、こんな灰色な生活だけれど、僕にはこの学園で遂げたい想いがある。見初められたい想いがある。



 僕は隣の席――誰も座っていない窓際の端、一番後ろにある席に目を向ける。



 頬に熱が宿るのがわかる。

 僕は――月神つきがみ 陽愛ひめは今、恋をしている。



 病気がちで体の弱かったお母さんがいつも言っていた。

 恋をしたのなら手をひいてはいけない。とにかく全力でぶつかりなさい。その上で想いが叶わなくても後悔は絶対にないはず。

 そんなことを話していた。



 だからこそ、僕はこの恋を諦めるつもりはない。

 この恋のために、学校に行かないという選択肢はない。



 僕はこの決意に、拳に力を籠める。



 すると、僕のいる机に女生徒が突然腰を下ろした。



「でさ~――」



「わかる――」



 まるで僕の存在などない風に、女性徒が僕の机で談笑をしている。



「あ、あのっ」



「は?」



「なにあんた、文句でもあんの?」



 文句しかないけれど、ここで強く言っても良いものか、この程度で済んでいることを喜ぶべきか、僕が言葉に詰まっていると、彼女たちが鼻を鳴らして笑い、談笑を再開した。



 正直、折れそうではある。

 でも――僕が思考を繰り返そうとすると、開け放たれた窓から風が吹いてきた。



 強い風、目を覆うほどの風に僕が顔を逸らしていると、いつの間にか現れたのか、その影が僕と彼女たちの後ろに立っていた。



「おい……」



「はっ、だからなに――」



「ちょ、ちょっと!」



「あッ! 邪魔だ駄犬ども、ブッ飛ばすぞおらぁ!」



 1人の女生徒が彼に言葉を返そうとした瞬間、もう1人がその正体に気が付き、青い顔をして彼女を止めたけれどすでに遅く、僕の隣の席に座る予定の彼――神波見かみはみ 風香ふうかくんが八重歯を覗かせて、がぉぉっと女生徒たちに声を上げた。



「――」



「――」



 女生徒たちはまるでスカイダイビングでもしているのかというほどの風圧を浴びているような顔を浮かべて、額からは汗を流し、瞳からは涙を流し、そそくさと僕の机から飛び出して行った。



「あ、ありがとうございます」



「あ~?」



 風香くんは一度僕に視線を向けると、すぐにそっぽ向いて席に着いてしまった。



 まだまだ想いを遂げるには好感度が低い。

 そう、僕が好きになった相手――僕たちの通う恋ヶ浜高校のケダモノ、目が合えばバトルを仕掛けてくる系男子、神波見 風香くん。



 身長は180ほど、片方の耳にはピアスをしており、髪型は黒髪オールバックだけれど何故かアホ毛がぴょんと飛び出しており、どことなく可愛い。

 制服は着崩しており、所謂不良のレッテルを張られている問題児。



 僕はつい、気だるげに窓から外を眺めている風香くんの横顔に見入ってしまう。



 今はまだ、こちらを見向きもしないだろうけれど、きっといつか、多分絶対に、せめてこっちを向いてくれるように……我ながら志が低いけれど、高校生活はまだまだ始まったばかり。



 僕は誰に悟られることなく、小さく握り拳を握る。

 もし僕に居場所が出来るのなら、それは彼の隣が良い。



 春は終わり、青々とした葉を撫でる薫風を肌で感じながら、僕は内に秘める恋心をこれからやってくるだろう夏の熱気のように燻らせていくのだった。

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