十一話 斜め上
「…………」
イレイドとの決闘を明日に控え、昼食後に訓練するべく【異次元の洞窟】へ入った俺は、目を瞑りながらしばらく歩いたあと、違和感を覚えて立ち止まった。今日は何かがいつもと違う気がする。
やたらと足取りが重いというか、後ろ髪を引かれるかのような感覚がダンジョンに入ってからずっと続いてるんだ。
これは気のせいなんかじゃなく何かありそうだってことで、俺はあえて逆らわずにゆっくり歩くことに。すると、そこからほとんど間を置かずに俺は違和感の正体に気が付いた。
それは、こっちへ恐る恐る近づいてくる二つの気配だ。どうやら不測の事態が起きてしまったらしいってことで、急いで戻ることに。
「「――あっ……!」」
立ち塞がった俺の前で二人がはっとした顔で立ち止まるのがわかった。双子の弟妹のアレンとエリスだ。エリスは右手に火を灯していることから照明係で、左手で剣を持つアレンが戦闘係らしい。
どうやら、俺の部屋の前で様子を見ていた二人が、俺が入ったあと【異次元の洞窟】に潜入したようだ。ってことは、持ち主の俺が入ったあとも洞窟の入り口はしばらくその場に残るんだな。
「……二人とも、いつから気付いてたんだ?」
二人とも、こっそり入ったことで相当な罪悪感を覚えてるのか泣きそうな顔だ。
「……ご、ごめんなさい、ルーフお兄様。私はアレン兄さんを止めようとしたのですが……」
「……ごめん……ルーフ兄様……って、エリス、僕だけ悪者にして! 自分だって入りたいって言ってたくせに!」
「うっ……そ、それは言わない約束でしょ――はっ……ご、ごめんなさい、ルーフお兄様……私も入りたかったです……」
「……いや、いいんだ。元はといえば、俺が部屋の中でダンジョンを出すほうが悪いんだから」
「ゆ、許していただいてありがとうございます、ルーフお兄様……」
「ありがとう、ルーフ兄様……!」
多分、俺がボロボロになってる姿を何度も見たことで、二人とも俺が遂に【迷宮】スキルを使えるようになったんだって思って機会を窺ってたんだろうな。で、部屋に入ってみたら、予想通り迷宮――ダンジョンの入り口があって、しめしめと思って入ったと。
アレンはともかく、エリスはできすぎたところがあったから、子供っぽいところもちゃんとあるんだとわかって、正直ホッとしたくらいだ。
「みんなで行けば怖くない。出入口まで三人で行こうか」
「「うんっ!」」
あれだけしょげ返っていた様子のエリスもアレンも、俺の許可を貰ったためかすっかり立ち直って目を輝かせていた。なんか、初めて【迷宮】スキルでよかったと心の底から思える瞬間だった。
エリスとアレンを出入口まで安全に送り届ける間だけは、目を瞑って歩いてモンスターを倒そうなんていう行為はやめておこう。俺としてはいつものことだから大丈夫なんだが、念のために。
そこからまたスキルを使って【異次元の洞窟】へ潜り、本来のやり方で訓練すればいいんだ。
今のところ、モンスターに関してはスケルトンや蝙蝠がポツポツと単体で出現する程度で、そのたびに俺が瞬殺したこともあってか、青ざめていたエリスとアレンの顔も柔和になり、緊張も大分解れてきたようだ。
「――ルーフお兄様って、こんな恐ろしいところで戦っていたのですね……」
「ここって怖いけど、なんか凄い……。僕も【迷宮】みたいなスキルを貰って、こういう場所で毎日冒険してみたい!」
「アレン兄さんったら、ちょっと前まではお父様みたいなスキルが欲しいと言ってましたよね……」
「エ、エリス! それは兄様に言わない約束だったのに……」
「これでおあいこですよ。アレン兄さん?」
「うっ……」
「ははっ……」
アレンのやつ、妹のエリスに一本取られちゃったな。二人がいることで、洞窟内が一気に賑やかになった。
それにしても、いつもと違ってモンスターがあまり出てこなくなったのはなんでだろう。またどこかに溜まってるんだろうか? とりあえず、弟妹を連れている今の状況だとそのほうが都合がいいのは確かだ。
やがて、分岐した通路に差し掛かり、左の通路を選んでしばらく進んでいくと、広い空間の先に出入り口が見えてきた。自室がぼやけて見えるのは、現時点では入り口が閉まっているからっぽいな。【迷宮】スキルについてはまだまだわからないことも多いんだ。
「「「「「――カタカタッ……」」」」」
空間の中央付近まで来たところで、信じられないことが起きた。俺たちをグルッと取り囲むように大量のスケルトンたちが即湧きしたのだ。
「う……うわあああぁぁっ……!」
「「アレン……⁉」」
アレンが怯えた様子で走って引き返していく。ダメだ、今動けばやつらの餌食にされるぞ。俺はエリスを守りながらもアレンを助けにいかなきゃいけない。そうなると動きが制限されてしまう。
俺はエリスを庇うようにして最小限の動きでアレンへと近づこうとするが、このときのスケルトンの動きは俺の予想の斜め上をいっていた。
みんな同じ動き方をしてくれたらやりやすいが、そうじゃなかった。やつらはしっかりと役割分担して、俺の行く手を遮ろうと立ち塞がってくるスケルトンもいれば、後ろからエリスのみを狙おうとしてくるものも、アレンだけを執拗に狙うものいたんだ。
「そっちへ行ったらダメだ! こっちへ戻ってくるんだ、アレン!」
「こっちですよ、アレン兄さん!」
「いっ、嫌だぁっ! ぼ、僕まだ死にたくないっ! ルーフ兄様っ、エリスッ、助けてええええぇぇっ!」
「くっ……!」
ダメだ。あっちこっちにうろうろして言うことを聞いてくれない……っていうか、酷く混乱してしまっている。すぐ近くにモンスターが大勢いるのに冷静になれというほうが難しいか。
救いがあるとしたら、まだアレンが必死に逃れようと動けていることくらいだが、もし少しでも止まってしまったら――
いや、それは考えたくない。俺はエリスを守りつつ、横薙ぎに剣を振るってスケルトンどもを蹴散らしていくが、倒しても倒しても一向に減らない。
何故だ。俺は目を開けているのに、周りがいつも以上に見えているはずなのに。これが焦りというものか。力みがあるせいか思うように体が動かない。畜生、どうしたらいい。どうしたら……。
ここでアレンを失うわけにはいかない。いつも慕ってくれる可愛い弟をこんなところで死なせるわけにはいかない。
「嫌だっ、嫌だあぁぁっ!」
幾つもの錆びた刃が鈍く煌めき、時間差でアレンに向かって容赦なく振り下ろされるのを見るたび、俺の心臓は抉り取られるかのようだった。【迷宮】スキル持ちの俺と違って、もし一撃でも食らったら助からないだろう。
このときほどモンスターが憎らしく思える瞬間はなかった。だが、これが……これこそが本来のやつらの姿なんだ。ただ人間に倒されるだけの都合のいい存在ではないということだ。限りない、溢れんばかりの執念と悪意をもって、隙あらば人間の命を奪おうとする魔の集合体なのだ。
「…………」
ほんの少しでも、僅か一ミリでも間違えたら、エリスとアレンの細い手足や首が吹き飛ぶ状況下において、俺は目を瞑らずとも周囲が真っ暗になるような感覚を覚えるとともに、自分の無力さを悟った。俺は【異次元の洞窟】を支配しているようで、実はそうではなかったのだと……。
その際、頭の中に【何か】が響いてくるのがわかった。まさか、これは――
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