守ル為二誰ガイルノカ。

 〜〜半年前、格闘訓練場にて〜〜


「大切な人を守りたい、ね……」


 俺の言葉をタケさんは反芻するかのように繰り返す。相変わらず睨む目付きは鋭く、まるで猛禽類のような眼光だ。


「ダメですかね? 俺はこの言葉が好きなんですが」


「ダメだね。まるっきりダメだ。お前にその言葉を使う資格は無い」


 タケさんは半分怒っているようにも、半分呆れているようにも見えた。俺はタケさんが何故、俺の言葉を否定したのか。何故、俺に資格が無いのかがわからなかった。


「お前、大切な人を守りたいってよ……英雄ヒーローにでもなりたいのか?」


 タケさんは機嫌悪いのか、しきりに身体を揺すり眉間に皺を寄せる。ただでさえ強面な顔がさらに厳つくなっていく様に俺は自身の身体が緊張し、強張っていくのを自覚する。


「い、いけませんか? ヒーローになるのは?」


 震える唇で俺はタケさんに意見を言う。染み出る汗と口内の渇きが俺の緊張を増長させていく。


「お前よぉ、守りたいとかって言ってよぉ。ただ自分をカッコよく見せたいだけだろ?」


「違いま……。いや、分かりません」


 かっこよく見せたい。言われてみれば確かにそうかもしれない。

 俺が想像しているのはヒロインのピンチに颯爽と現れるアメコミヒーローだ。絶体絶命の場面を圧倒的な力で解決する。そんなヒーローだ。


「いいか? ハジメ。俺もアメコミヒーローは嫌いじゃねぇよ。けどな?」


 タケさんは自分の拳を握り締め、俺の胸に置く。極限にまで鍛えられた鈍器のような手だ。人どころか、熊ですら殴り殺せそうな威圧感を感じる。


「俺達は力が無いんだ。だから知恵を絞れ、たとえ褒められるような行為じゃないことも進んでやれ」


「タケさんに力がなかったら世界人類は全員みな非力ですよ?」


「黙って聞け」

「はい」


 俺が口を挟もうとするとタケさんは言葉と共に握り拳に力を込めギリリッと音を鳴らし、貫手で重ねた麻袋を貫通させる人差し指が俺の胸の真ん中へと押し当てられる。まるで削岩機を突き付けられたようなプレッシャーを感じ、俺は返事を一つすると口を噤んでしまった。


「ハジメ。俺たちはな、誰かを守るためにやらなきゃいけないことがある。わかるか?」


「……」


 俺は相変わらず黙り込んだまま立ち尽くす。そんな俺に対しタケさんは軽く笑い、指を離す。


「守るためには、手段を選ぶな。己の命も、守る相手の命すら犠牲にする覚悟で守るんだ。そうじゃなきゃ、そうでなければ……[守りたい人]を守ることなんて出来ないんだ」



 ーーーーー



「うおおぉぉぉ!?」


 ゴブリン達は駆け出した俺に向け、弾幕のように石を投げつけてくる。俺は顔と首を腕で守り、なんとか避けながら走る。足元や頭上に風切り音を立てながら石が通り抜ける。


「フゥ! ハァ!」


「ゴガァァァ!」


 後ろからは戦闘を再開したルチアとホブゴブリンの勇ましい声が聞こえるが、俺は振り返らず走り、目的の場所である装甲車の後部ドアへと辿り着く。


「ハァ、ハァ、死ぬかと思った……」


 距離にすればわずか十数メートルの短い距離に過ぎないのだが、溢れんばかりの殺意と投石の攻撃。そしてルチアの冷たい視線がこの距離を何倍にも感じさせた。


「よし、あとはこれをタイミングを見計らって……」


 俺は懐からあるモノを取り出す。太い筒状の形をしたそれは俺の手にしっかりと握りしめられており使われる時を今か今かと待ち望んでいるようだった。

 そんな時にルチアがいる方向から一際大きい金属音が鳴り響く。


「ーーーッッ!? フゥッシケ……」


「ゴバァッ! バッバッバァッッ!」


 大剣と真っ向から打ち合っていたルチアの剣は大剣の重量差と威力に負け、剣の真ん中辺りからポッキリと折れていた。ルチアは折れた剣を睨み、苦い顔で歯噛みして後ろに大きく下がり片手に杖を構えていた。


(これは流石に不味い! 準備は出来てないけど……やるしか無ぇ!)


 俺は自分の中で立てていた作戦を変更する事にした。筒状のモノを握りしめ、装甲車の陰から身を乗り出し叫ぶ。


「ルぅチアァァァァ!!」


 力の限り叫ぶ俺に目掛けて、ゴブリン達は待ってましたとばかりに投石を再開する。ほとんどが外れていったがそのうちの一つが俺の左目の上に当たり、皮膚が破れ血が流れる。

 それでも俺は叫ぶ声を止めずにさらに声を大きくする。


「ルチア、スモゥケヨォォォッッ!」


「スモゥケヨ!?」


 俺の渾身の雄叫びのような声にルチアは疑問の声で答えた。よく分かってない様子だったが、詳しく説明している暇は無い。

 握り締めた筒状のモノの蓋を外し、手持ちのライターで火を付け地面に向けて投げ捨てる。モノが地面に当たった瞬間。それは小さな筒からは想像出来ない量の白い煙が噴き出す。

 あれよあれよと言う間に白い煙は俺はもちろん、装甲車、ルチア、そして囲んでいるゴブリン達も飲み込んでいった。


 自衛隊の訓練でも使われる特製の発煙筒。その効果は濃霧が如く煙幕を発生させるものであり一般用の物とは段違いの効果がある。


「ワ、ワ、ワハテ!? ハァペペンデ!? スモゥケヨ!」


 ルチアは煙に飲まれる寸前に地面に伏せ、煙を吸い込まないように口元を押さえうずくまっていた。


「ゴブ!? ……ヴァズヴェンドウ? ヴァゼヅガッダ?」


 ホブゴブリンは何かに気付いたようだったが、疑問の表情を浮かべ呆然とその場に立っていた。


「ゲギャギャー?」

「ワーギギ?」

「グギギ?」


 白い煙に包まれた戦場は困惑と驚きの声で満たされていた。突然の白煙にこの場いる者は混乱し戦闘どころでは無くなっていた。



 ただ、一人を除いて。



 突如、白煙の中に一筋の赤い光が通り過ぎ、遅れて聞こえる破裂音とゴブリンの悲鳴の声が響く。

 さらに破裂音は続きその度に赤い光の筋が白煙を横切り、悲鳴の声を増やしていく。


「……俺はな、射撃が得意なんだよ」


 ゴブリンの悲鳴と怒号が轟く白煙の中、場違いな程冷静な声が辺りに行き届く。さらに破裂音が鳴り、ゴブリンは醜い悲鳴の声をうるさいほど響かせる。


「土砂降りの雨の中での射撃訓練、濃霧の中の射撃訓練、台風のような風が吹く中での射撃訓練、夏の地獄のような陽射しの中での射撃訓練、真冬の雪が降り積もる日の射撃訓練」


 赤い光の筋は狙い澄ましたかのようにゴブリンの頭を捉え、破壊していく。

 静かな声に冷たい殺気を込めて、その声が聞こえた化け物達はすぐさまその命を散らしていく。


「その全ての射撃訓練で俺は全弾、ど真ん中に命中させてきた」


 連続する破裂音。それが止むと周りからはゴブリンの声は消えていた。白煙の中は先程までの戦闘音が嘘のように無くなり静まりかえっていた。


「ハ、ハジ……メ?」


 地面に伏せるルチアが震えるような声を出すと、その頭上を光の筋が通過する。


「ゴギャ!?」


「ワハテ!?」


 ルチアが振り返ると、ホブゴブリンが今まさに大剣を振り下ろさんとしているところだった。ルチアは急いてその場から立ち上がり、離れて杖を構える。


「俺はな……この銃弾が届く距離なら絶対に的は外さねぇ!」


 さらに破裂音が鳴り、光の筋の全てがホブゴブリンの黒い身体に当たり大きくその態勢を崩させる。鈍く黒く輝く肉体には僅かな傷が付いており血を滲ませていた。


「ワインデッ!」


 ルチアは短く呪文を唱え風を発生させる。発煙筒は既にその効果が切れているようで新たな煙を発生させたりはしなかった。


「……ハジメェ」


 煙は晴れ、ルチアは装甲車の上に立つ声の主を見つけ安堵の息を吐いた。

 ホブゴブリンは装甲車の上に立つ声の主を見つけ忌々しく唸り声を上げる。


「[守りたい人を守る]……ルチア、俺を守ってくれてありがとう」


 装甲車の上に立つ俺は全身を自衛隊の戦闘装具に身を包み、銃の照準をホブゴブリンに定め、片手をルチアに向け親指を立てる。


「今度は、俺が守ってやる。だから……」


 俺は銃の引き金を引き、ホブゴブリンの頭を撃つ。黒く鈍く輝く頭部は銃弾が当たると大きく跳ね返り貫通はしなかった。だが、薄っすらと血を滲ませる事には成功し、ホブゴブリンの顔を怒りと血の赤に染め上げさせる。


「こいつを倒したら、もっとお話をしよう。お互いの言葉が理解できるまでな」


「ーーッッ、ハジメェッッ!」


 言葉が通じずとも気持ちは通じてくれたのか、ルチアは嬉しそうに笑い、親指を立てる。

 俺はそれを見て満足気に頷くとホブゴブリンに向け銃を連射する。


 嵐の様な射撃音が静かになった森をまた騒がしくしていく。残弾数など気にしない。


 俺は自分の持つ感情の全てを銃弾に載せ撃ち続けた。

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