もっふりセクシー化けにゃんこ

マイケル

夏の出会い

第1話 出会い

「おい、そこのお前。俺を飼ってみないか?」

 蒸し暑い夏の夜のことだった。バイトの帰り道、そう声をかけられたのは。

 僕――天原草太が振り返ると、街頭に照らされたベンチの上に声の主はいた。

 それは一匹のにゃんこだった。キジトラの全身モフモフしたにゃんこ。その体をベンチの上で寝そべらせながら、2つの意味で大きい顔をして僕をじっと見ている。僕はふらふらとベンチに近づき、にゃんこをじっと見つめる。

「にゃんこが喋った……。僕疲れてるのかな……」

「残念だが幻覚でも夢でもない。ほらこれを見ろ」

 両目をこする僕ににゃんこは再び声を発し現実を突きつけてくる。

 ベンチから垂れ下がる尻尾が途中から二又に分かれた。にゃんこの周りにはどこからともなく人魂が現れ、怪しくゆらめく。明らかにこの世のものではない。そんな。じゃあこのにゃんこは……。 

「そうだ。俺はいわゆる化け猫、猫又と呼ばれる存在だ。どうだ? あまりにセクシーすぎて言葉も出ないか」

 言葉を失う僕ににゃんこはそのままの体制で後ろの両足を広げた。おっぴろげられたその向こう側に立派なタマタマが見える。

 セクシー……。セクシー? にゃんこにとっては体をおっぴろげるのがセクシーアピールなんだろうか? 難しい……。とても不思議だ。にゃんこの世界って!

「さて自己紹介しようか。俺はトラゾー。もう600年は生きてるもっふりセクシー化けにゃんこだ。生まれてから20年ぐらいは飼いにゃんこやって、それ以降は野良にゃんこやってきたが、たまには飼いにゃんこやってみるのもいいかと思ってな。こうして俺を飼ってくれるやつを探してたってわけだ」

「頼んでもないのに過去背景まで話してくる……!」

「にゃんこだからな」

 トラゾーと名乗ったにゃんこは体の向きを変えてへそ天。僕は無防備なそのお腹を撫でてやる。トラゾーは満足そうに喉を鳴らした。

「それでどうして飼いにゃんこに……?」

「飼われればメシや寝床の心配もしなくていいし、モフってくれたり昼寝もしほうだいなんだろ? 長いにゃん生、たまにはそういう生き方もありかと思ってな……」

「なるほど……。非常に不純な志望動機ですね……。ちなみに断ったら……?」

「お前を呪う」

「急に脅迫してくる……」

 トラゾーの瞳がすっと細くなり、人魂が僕の周りを漂い始める。どうして僕は見ず知らずのにゃんこに呪われそうになってるんだろう? 心の内で首をかしげながら仕方なく僕は決心する。

「分かったよ僕が飼い主になる。それでいいかな」

「……本当か? 正直こんな方法で飼い主が見つかるとは思っていなかったんだが……。お前、気は確かか?」

「失礼だなあ……。いやまあ理由はあってさ。僕近くの大学に通ってるんだけど、そこで民俗学を学んでるんだ。だからトラゾーと一緒にいたら論文とかのネタになりそうだなーって」

「そうか。お前ちょっと変なやつだな」

 僕が前の両足の間に手を入れて持ち上げると不審人物を見るかのようにトラゾーはしげしげと見てくる。やっぱりこのにゃんこ顔が大きい。物理的にも態度的にも。

「ま、どうでもいいか。ほら早く帰るぞ。お前の家はどっちなんだ」

 トラゾーはするりと手の中から抜け出して地面に着地。僕に催促する。非常に図々しい。

「はいはい。僕の家はこっち。マンションで一人暮らしだからね。あんまり音を立ててうるさくしないでね。あと僕の名前は天原草太。よろしくね」

「そうか。じゃあ草太。よろしく頼むぞ」

 僕たちは並んで歩きながら帰路につく。

 にゃんこの生活用品を用意しなければ……。僕はそんな事を思いながら夜の闇を歩くのだった。

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