次に考えていることも、次に何をしでかしてくるかもわからない友達の妹。

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 友達の妹は変わっている

 大学二年になる6月の初旬。

 時刻は22時過ぎのこと。

「……もう唯花ゆいかちゃんは帰ったかな」

 バイトが終わり、外から自分の部屋を見上げる黒瀬涼真りょうまは——部屋に明かりがついていないことを確認していた。


 今の独り言から彼女、もしくは妹を部屋に残してバイトに出かけたと思う者が多いだろう。

 だが、実際の関係はどれも当てはまらない。当たっていることは一つ。

『部屋に残してバイトに出かけた』ということ。


 また、そんな関係じゃないのに部屋に残らせているのか……? と、理解に苦しむ者もいるだろう。

 涼真りょうまもそれに同意する部分はあるが、唯花ゆいかとは小学校からの顔見知りで、10年以上の関係がある。

 付属のような説明になるが、小学校からずっと仲良くしている男友達の妹である。

 古くからの絆がある相手である分、部屋を任せても心配のない一人なのだ。


「はあ……。今日は特に疲れたなぁ……」

 エントランスに入り、ため息を吐きながら扉を解錠した涼真はエレベーターを使って五階に上がり、鍵を挿して玄関に入る。

 疲労の溜まった体に今日の達成感を感じながら、靴を抜いでリビングの電気をつける。

 そして、部屋が明るくなった瞬間だった。


「……」

 ————ビニール袋を頭に被り、袋の上からベルトを首に巻いた女体が、リビングに倒れていた。

 空き巣に襲われた後のように力なく倒れていた。


「…………」

 なんの前触れもなく、このような惨劇の現場に立ち合ったのなら、誰しも驚くだろう。

 しかし、涼真りょうまは違う。

 動揺を露わにすることなくテレビをつけ、倒れている相手の前に腰を下ろすのだ。


「……」

 涼真は微動だにしない女の子を見続ける。

 こちらからはなにもアクションを起こさず、時間に身を任せる。

 そんな膠着こうちゃく状態が30秒ほど続いただろうか。


 止まっていた時の歯車が動き出す。

 顔に被っている袋がヘコんだり、膨らんだり。

『呼吸』を確認すれば、目を細めながら声を出すのだ。


「唯花ちゃん、それ苦しいでしょ……? 驚くよりもそっちがまさったよ」

「……」

 袋の伸縮が止まった。また息を止めたようだが、今さら取り繕っても遅いだろう。


「おーい」

「……」

 袋の上から頬をペチペチする。

 ——反応がない。


「さすがにもう気づいてるよー?」

 今度は袋の上から頬を摘み、上下左右に動かす。

 これでも反応がない。

 ただ、再び限界を迎えたのだろう。もう一度呼吸をするように袋が動いた。


 今日は頑固な日らしいが、子どもの頃からの知り合いなのだ。

 対策はしっかりと持っている。


「あっ! ゴキブリ」

「っ!!」

 その言葉にビクッとなった唯花は、上半身を急いで起こし、ベルトを解いて袋を取った。

 今まで苦しかったのだろう、荒い息で胸を上下させて周囲を見渡している。


「おはよう、唯花ちゃん」

 紐リボンで結んだショートツインテールの髪型をした彼女と目が合う。

 半目で見られる。


「……嘘つかれました」

「人の家でそんなことしてる方が責められるべきじゃない? 相手によっては通報もんだよ?」

 不満そうな目を向けてくる唯花に対し、当然の返しをする。


「って、二連続でこの時間まで残ってることにビックリだよ」

「新しいものを考えたので早くお見せしたくて」

 女の子座りをしながら答える唯花。

 そんな自由な彼女は、涼真や実兄を追っかけるように上京し、今は兄と二人でルームシェアをしている新一年生の大学生である。


「ちなみにおとといの方がクオリティーは高かったかな。袋被るから呼吸してるのすぐわかったよ」

「唯花もやってみてそう思いました。あと、とても苦しかったです」

「だろうなぁ」

「もう少し涼真さんの帰宅が遅かったら、死んでいたかもしれません」

「それはさすがに洒落にならないね……」

 ここら辺で皆、気になっただろう。なぜこんな変なことをしているのか、と。

 安心してほしい。兄からの答えはずっと昔からもらっている。

『まあそれがアイツなんだよ』と、シンプルでわかりやすいものを。

 ちなみに帰宅した時——太く、形の良い木の枝が謎に玄関の中に立てかけられてもいた。


「あ、俺がバイト行ってから一回は外に出たんだ?」

 テーブルの上に置かれた袋を見て、話題を繋ぐ涼真。


「はい、コンビニに行ってました。涼真さん用のアイスは冷凍庫に入れているので食べてください。長居したお礼です」

「えっ、それはありがとう!」

 木の枝については未だなにも触れない唯花。

 アレを見た時に興味は惹いたが、仮に『奪われる』との心配をしているのなら、今すぐに声を挟みたいところである。


「それにしても大量にお菓子買ったんだなぁ……。ポップコーンのチップスにチョコレートにクッキーに……」

「夜は兄貴とお菓子パーティをする予定です」

「ああ……。とっちーは今日飲み会だから、帰ってくるとしても夜中か朝方になるんじゃないかな」

「え」

「実は俺も誘われた一人で。もちろんバイトが入ってたから断ったけどね」

「……」

 落ち込んでいくことがわかるように眉がどんどんと下がっている。が、すぐにピンと戻った。


「涼真さん」

「ん?」

「一つお願いがあります」

「それは?」

「今日お泊まりをしてもよいですか。お菓子パーティがしたいんです」

 この突然の誘い。これも彼女の特徴である。


「特に用事がないから大丈夫だけど……お風呂はどうする?」

「涼真さんのところでいただきたいですが、着替えを持ち運ばないとなのでお家で済ませてからまたお邪魔します」

「了解。それじゃあせめて家まで送ろうか?」

「いえ、一人で大丈夫です。もう大人ですから」

 なんて言っていた人物が、さっきまで頭に袋を被って死んだフリをしていたわけである。


「……そっか。それじゃあ一旦は気をつけて帰ってね」

「はい、では行ってきます。お菓子の袋はこのままでも大丈夫ですか」

「うんもちろん」

「ありがとうございます」

 このやり取りまで……いや、基本的にあまり表情の変化のない唯花は、そうして一時的に帰っていった。

 あの謎の木の枝を忘れずに。


「相変わらず面白いなあ……。とっちーの妹は」

 バイトの疲れが吹っ飛ぶほどの性格をしている。

 一応言っておくと、唯花の兄である俊道としみちはごくごく普通の性格をしている。


「さてと……」

 見送りは玄関ともう一つ。

 ベランダに出てエントランスから出てくるところを待つこと少し。

 出てきた。

 謎の木の枝を杖にするわけでもなく、手のひらに立てて歩きながら。


「……はは、まったく」

 小学生の頃からずっとあの調子なのだ。

 一声かけようとベランダに出たが、頑張っているところを見て静かに背中を見送ることを決めた涼真だった。

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