25、名にしおはば逢坂山のさねかづら人にしられでくるよしもがな

「ねえ、今日一緒に帰ろ? 放課後、裏門で待ち合わせしよう」

 そう誘ったのはわたし。全校集会のあと、校庭から教室に戻る時、彼が一人になった瞬間を見計らって声を掛けた。克良かつらくんはただ「うん」と返事してくれた。

 それだけでわたしは飛び上がりそうなくらい嬉しくて、授業中もずっとドキドキしていた。ついに今日「好きだ」って告白するんだ。早く放課後になれって思いながら過ごした。

 なのに、昼休みに。人見ひとみさんたちのグループがわたしの席までやって来た。一体何の用だろうか、きょとんと彼女たちの短いスカートを眺めていると、少しハスキーな声が言った。

「今日克良と一緒に帰るってホント? 逢坂おうさかさんって克良と同じ小学校だったじゃんね。もしかして告白でしょ。うちら断然応援するし」

 全然周りを憚る気配のないトーンで言う。

 慌てて克良くんの席の方へ視線を遣ると、克良くんも何人かの男子に囲まれて冷やかされているようだ。こっそり彼を呼び出したところを、誰かに見られていたんだ。

 どうしようって思っている間にも、勝手に盛り上がる彼女たちの声は大きくなる。ちらちらと近くの席の子達が興味ありげに振り返る。克良くんを囲む男子達もわたしの方を指差してにやにや笑っている。

「克良って背低いし地味じゃん。どこが好きなの」

「けどいい奴っぽいし、二人お似合いだと思うよー」

 わたしが返事しないのに、どんどん話が進んでいく。

「好きじゃない!」

 いたたまれずに言い返した声は自分が思ったよりもずっと大きくて、一瞬教室がしんとした。

「全然好きとかじゃないし、待ち合わせも知らない」

 か細い声で言い足すと、「ふうん、そっかー」と興味を失くしたように彼女たちは席を離れていった。克良くんの方はまだ男子に囲まれているようだったけれど、わたしはもう顔を上げることができなかった。

 ずっと好きだった。かけっこが速いところ、優しいところ。わたしが食べられない給食のピーマンをこっそり食べてくれた。飼っていた金魚が死んで泣いていた時に、一緒に公園の隅に埋めてアイスの棒を立ててくれた。わたしが合唱コンクールのリーダーになって、全然皆が真面目に練習してくれなかった時、誰よりも大きな声で歌って皆に発破を掛けてくれた。ちょっと音痴なのがまたよかった。中学に入ってからはあんまり話すこともなくなっちゃったけど、いつも彼の姿を目で追っていた。小一の時から六年間、ずっと克良くんのことが好きだった。

 なのに、その日の放課後わたしは裏門に行かなかった。何人かの生徒が冷やかしに集まっているようで、わたしはゆっこちゃんと一緒に表門から逃げるように帰った。克良くんは日が暮れるまでずっと裏門で待っていたらしい。

 翌朝教室に着くと、先に登校していた克良くんは男子達に囲まれていた。わたしに気付いた男子が、「逢坂さん、何で昨日来なかったの。克良ずっと待ってたのに」と囃し立てる。わたしは俯いたまま返事もしなかった。「あーあ。克良、振られちゃったな」、からかう声に耳を塞いだ。

 以来克良くんは「自分に興味ない女子を日没までずっと待ち続けたストーカー男」としてからかわれた。その不名誉な称号は、学年が上がって、克良くんの身長がぐんと伸びて、陸上部のエースとして活躍するようになるまで、なかなか消えなかった。わたしはまた二人きりになった時に謝ろうと思っていたのに、それきり彼と二人になる機会は訪れなかった。

 三年生になって、放課後克良くんが校門から出て行く姿を見つけた。部活を引退するまでは早朝から夕方遅くまで練習があったから、同じ時間の通学路を歩くのは二年ぶりだ。高校は別々になってしまう。声を掛けようかと一歩踏み出した足を止める。

 克良くんの隣には、日に焼けたショートカットの可愛い女の子が並んで歩いている。二人は肩が触れるくらい寄り添って、とても楽しそうに笑っている。

 わたしは方向転換してひとり家路を駆けた。

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