8、わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
だあれも来ない。山の麓の小さなおうち。
三十代で会社勤めをドロップアウトした。いつ見ても会社にいるという生活をしていたため、お金を使う時間なんてなくて、それなりの蓄えがあった。それで、それなりの蓄えで手が届く家を買った。
もともと人間づきあいが得意ではないので、人の来ない山暮らしはちょうどよかった。ペーパードライバーだったけど、商店や病院がある町までほとんど人とすれ違うこともないので問題ない。
せっかくだから四季折々の山菜などを収穫してスローライフを満喫しようと意気込んでいたものの、もともと自炊が苦手なこともあり、結局レトルト食品ばかりだ。植物事典は部屋の隅で埃をかぶっている。
春は花粉がひどいし、夏は草がぼうぼうと伸びて野生動物の糞に虫がたかっているし、秋はスズメバチの分蜂シーズンだし、冬は寒いので、結局家の中で本を読んだり映画を観たりして過ごしている。これならば街に住んでいたって同じだし、むしろその方が何かと利便性も高いんじゃないの。そう思うかもしれないが、違うのだ。ここでは何かに急かされることがない。仕事や近所付合いや配達の受取りやスーパーのレジ待ちの行列、そんなものが何もない。
縁側で寝そべっていると、たまに気の置けない友が顔を出してくれる。水盤を置き、パン屑を撒いていたら、集まってくるようになった。私はいつもぼんやり本を読んだり寝転がって空を眺めてるだけだから、害のない奴だと認定されたのだろう。小鳥たちは驚くほど近くまで寄って来てくれるようになった。ピュロロロロ、可愛い子守唄を聴きながら昼寝をする。
この家に決めた時、妙な既視感があった。
そうだ、幼い頃繰り返し読んだ絵本の世界にそっくりなんだわ。街ではいつも脇役だったけれど、まさか自分が絵本の主人公になるなんて。
森を抜ける風を肌に感じながら、しあわせな夢を見る。夢の中で、私は魔法使いになって縦横無尽、自由に空を駆け抜ける。
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