23、月みればちぢにものこそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど

 カーテンの奥からそっと覗く。見るほどに、彼女はよく似ている。

 社会学部の一年生だといった。うちのサークルを訪ねてきた彼女は、祭壇の大きな鏡の前に座っている。どうしてうちみたいな怪しいサークルを見学する気になったのかは知らない。

「ほんとよく似ているわね」

 隣に並ぶ飯田先輩が呟く。凛と正座して真っ直ぐ見据える表情は確かによく似ている。といっても、僕は写真でしか見たことがないのだけれど。絶賛留年中の飯田先輩は、本物の教祖様を見たことがあるらしい。せっかく二浪までして入った大学で、訳わかんないサークルに足突っ込んで留年までして、ご両親は泣いてんじゃないかと思ったりする。

「やっと還っていらっしゃったんだ」

 飯田先輩が声を震わせる。

 部室には立派な祭壇が設えられているものの、教祖様不在の状態が続いている。五年前に失踪して以来、祭壇の中央にはお人形が据えられている。

「彼女には教祖様になってもらわなきゃ。絶対逃がしちゃだめだよ」

 教祖様がいた時代を知らない僕には、果たして教祖様が団体の「神」なのか「贄」なのかさえ分からない。ただ、祭壇の前に大人しく座る彼女をほんの少し可哀相だと思うだけだ。

 彼女は自分の母親が教祖をしていたと知っているのだろうか。ああ、もしかしたら彼女は母親を捜しにきたのかもしれない。ふとそう思った。

あずま、絶対逃がすんじゃないよ」

「あいあい」

 これから宗教が再興する瞬間を見られるかもしれない。

「本部には連絡しなくていいんですか」

「いいよ、事後報告で。手柄を横取りされちゃうから」

 先輩はそう言うが、実際に「本部」へ連絡を取っているのを見たことはない。たぶんうちは忘れられた弱小の分派なのだろう。それが「教祖様」を手に入れれば、一体何が起こるのか。

「先輩、ぜーったい彼女には教祖様になってもらいましょうね」

 もしも祭壇の大きな円い鏡の前に立ったなら、今どんな顔が映るだろうか。僕はちろりと舌なめずりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る