「百」物語――哀のうた

香久山 ゆみ

1、秋の田の仮庵の庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ

 いつの間にか、しっとり袖が濡れて冷たい。いちおう屋内だというのに。雨ではない、夜露のせいか。まあ廃墟だから仕方ない。土壁もぼろぼろだし、床も腐ってあちこち抜けている。隙間風どころか、虫もどこからか湧いてくる。ぽたり、また袖に水滴が落ちる。気にせず作業を続ける。

 ざく。

 ざく。

 ざく。

 剥がれた床板の下の地面を掘り進める。

 ざく。

 ざく。

 ざく。

 無心に、ただ無心に。もっと、もっと掘らなければ。掘り進むほどに焦燥感が駆り立てられる。まるで誰かに追い立てられるように。

 私はなぜ穴を掘っていたのだったか。

 ふと疑問がぎるも、それどころではない、掘らなければ、もっともっともっと深く掘らなければ。考えている暇などない。考えるな。声がする。頭の中で声がする。

 ぽたぽたぽた。ぽたぽたぽたぽたぽた。ああ、これは露ではない。汗だ。こんな冷んやりするような秋の夜に汗だくになって穴を掘っている。汗だ。涙ではない。

 ざく。

 ざく。

 ざく。

 ようやくひと一人分程の穴を掘り切った。ひと仕事終えた心持ちで、シャツの裾で顔を拭う。

 ここまでずいぶん車を走らせた。この廃屋はいったい誰の所有だろうか。いや、そんなことはどうだっていい。この山里なら静かに眠れるだろう。うん、ただそれだけの話。もう考えるな。

 足元にたかる虫を払いながら、足から穴へ突っ込む。声がする。耳元で声がする。いや気のせいだ。虫の声だ。露に濡れた体は来た時よりもずいぶん重くなった気がした。

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