第9話 砂場のおいしゃさん

 ツバの広いとんがり帽子。とんがりの先っぽは少しへたっている。

 襟の大きなマント。裾は地面で擦れてボロボロ。

 帽子もマントも外が黒で内側が真っ赤。

 それを着ているのは茶色の芝犬。

 口にはちょっと欠けた星飾りがついた魔法のステッキを咥えているぞ。


 芝犬魔女ウィッチのメメさん。

 メメさんの仕事は困っている人を助けること。

 今日も困っている人がいないか散歩パトロールしているぞ。


 少し夏の暑さが和らいできた今日この頃。

 ワー、キャー、ワー、キャー。公園も人が増えて騒がしくなっています。

 そんな中にメメさんが入って行けばたちまち取り囲まれてもみくちゃにされてしまいます。モフモフのくちゃくちゃです。そんなモフくちゃになると怪我をする子も出てくるかもしれません。

 それは芝犬魔女ウィッチとしてNGです。とうぜんメメさんもその辺を弁えています。

 賑わう公園を前に方向転換です。トテトテとコースを変えます。


 いくら涼しくなってきたからと言ってもそろそろ休憩したい頃合い。木陰を探してえんやこら。

 丁度小さな公園を発見。砂場とベンチだけの人気のない公園。

 あっ、人気のないは『にんき』ではなく『ひとけ』と読んでくださいね。『にんき』のない公園だと失礼ですから。


 しかしいくら人気のない公園といえど人はいます。

 砂場に小さい男の子と女の子が二人。兄妹かな? ベンチに母親一人。 


 メメさんはベンチ横の木陰で一休み。

 二人の子どもの遊ぶ声が聞こえます。

「風邪のようです。お薬飲んでください」

「お薬やだよー」

「ではお注射です」

「お注射もやだー」

 女の子は嫌がる男の子の腕に注射代わりのスコップをコツン。

 どうやらお医者さんごっこをしているようです。


「はい、これで良くなります。次の人きてください」

「…………次の人ー」

 どうやらメメさんを呼んでいるようです。メメさんは空気の読める芝犬魔女ウィッチ。休憩中といえど……あらら、大きな欠伸をしています。流石に休憩中は休みたいですね。


「次の人ー!!」

 女の子も負けじと呼び続けます。

「ワンちゃんきてー!!」

 とうとう名指し? です。これにはメメさんも根負けします。

 少し気だるそうにトボトボと砂場に向かいます。


「診察を始めます」

 聴診器に早変わりしたスコップをメメさんの胸にピト、ピトと当てていきます。

「大変です」

 大変!!?何ですか!!?

「しじゅつが必要です」

 なんですってー!!!

「タクヤ、しじゅつの準備をして」

 男の子はスコップ、熊手、バケツを綺麗に並べていきます。実に手際がいい。

 お母さんはこの緊急事態をスマホで録画しています。可愛いが一杯ですもんね。


「しじゅつを始めます。メス」

 どこで覚えたのかな? しじゅつの手順はバッチリです。

 男の子はスコップを渡します。スコップの七変化。今度はメスになります。その切れ味は抜群でしょう。

 メススコップを手渡された女の子は無常にもメススコップをメメさんの胸元へ……


 あーっ!!! メメさんが逃げ出したー!!!

 迫り来るメススコップの恐怖に耐えられなかったようです。

 流石のメメさんも裸足で逃げ出す砂場のおいしゃさん。


 ツバ広いとんがり帽子。襟の大きなマント。口にはちょっと欠けた星飾りの魔法のステッキ。

 芝犬魔女ウィッチのメメさんは全力疾走だ。こわいよー。

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