爽やかなラムネの炭酸で弾け飛べ

龍神雲

爽やかなラムネの炭酸で弾け飛べ

 カラン、コロンと下駄の心地好い音が各所で鳴り響く。今日は夏祭りで屋台とキッチンカーが並び賑わいを見せていた。


「ラムネ一本下さいな」


「あいよ。八十円ね」


 ジュースを売っている屋台で浴衣を着た少女が屋台の人にお金を渡し、ラムネを受け取っていた。


「お嬢ちゃん、ラムネの飲み方は分かるかね?」


「うん」


 少女は笑顔で頷き踵を返し、その足取りで森の脇道へとそれ、寂れた鳥居が等間隔で続く道へと向かって行った。賑わいを見せている明るい神社の境内とは違い不気味な感じだが、少女は臆せず入り込む。そして小さな社が見えたところで少女は口を開いた。


「お狐様~!買ってきたよ~!」


 少女の呼び掛けに答えるように、社の小さな扉が開きそこから一匹の黒い狐が姿を現すが、やがて人の形を形成していき色黒の少年となった。


「買うてきてくれたか、ありがとな小娘」


「小娘じゃなくてナツね?」


 少女は訂正してラムネの蓋を外し、ラムネの口に玉押しを当てて、上から押すようにしてポンと叩いた。するとたちまちシュワシュワと泡が勢いよく吹き出すがそれを躱し、泡が引いたところで人間の姿になった黒狐に手渡した。


「しっかしお揚げじゃなくてラムネ好きの狐がいるなんて、珍しいよねぇ」


「喉の爽快感を通る心地好さを知ってしまったからな。それにお揚げはいつでも食べられる」


 少女と少年に変化した黒狐は暫し他愛のない話をかわすが──


「おや、もうこんな時間か……」


 時計はないが恐らく九時を回っているのだけは分かった。


「小娘、また来年もラムネを頼むぞ」


「ナツね?ナ~ツ?ナツナツナツナツナーツ!覚えた?」


 口を酸っぱくして言えば、黒狐は苦笑し「ナツな」と言い直した。


「ラムネを買ったんだから、約束はちゃんと守ってよね?」


「ああ、勿論」


 少女ナツと黒い狐の会話はそこで終り、今年の夏はそれきりで、少女ナツと黒い狐が会うことはなかった。そして少女ナツが通う学校のクラスであるニュースが飛び込んだ。


「ビックニュース!担任の横山先生が自主退職するんだって!」


「へぇ!何で?」


「さぁ、詳しくは知らないけれど……でもラッキーだね。あの先生すぐに怒るし最低じゃん」


 クラスではその話題で持ち切りだった。少女ナツはその話題を他人事のように聞き流し、自分の席に向かうと、そこには花瓶と花が飾られていた。


「あらあらナツさん、生きてたの?あなた今年の夏休みで死んだかと思ってぇ~」


「エイコひっどー!ナツさん生きてるじゃーん!」


 クラスメイトの女子二人がクスクスと笑いながら通り過ぎた。クラスの話題は横山先生からナツとナツの机に置かれた花瓶へと向けられた。


 ──かわいそ。まぁ関わらんほうがいいよな……

 

 ──よく耐えれるよねぇ


 ──学校休めばいいのにね


 だがナツは気にせず花瓶を片付け席に座った。


「来年の夏もラムネを持っていくからね。今度は二本よ……黒狐さん」


 ナツはふっと笑い、来年の夏を待つのだった。

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爽やかなラムネの炭酸で弾け飛べ 龍神雲 @fin7

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