第6話 明るい未来へ
あれから、俺が冤罪によってたくさんのものを失ったあの日から今日で6年が経つ。
俺達は23歳となり、社会人1年目として日々仕事に励んでいた。
俺は自分がされた事をこれから大人になっていく子どもたちに伝え、二度と俺と同じ思いをする子を作らないという思いから学校の教師になった。
奏汰は高校を出た後、いい大学に入学して、今は俺たちが住んでいた所で市役所に勤めている。あの市長さんの下で頑張っているらしい。
志桜里は元々子どもたちの世話をすることが好きだったので、今は保育所で働いている。
今でも月に1、2回はみんなで集まって他愛のない会話をして、楽しく過ごせている。
「なぁなぁ〜聞いてくれよぉ〜」
「どうした奏汰、溶けたのか?」
「違うわい」
俺たちはいつも通りうちに集まってお酒を飲みながら雑談をしていた。
「市長がえげつない量の仕事を振ってくるんだよぉ……」
……そしていつも通り奏汰の愚痴を聞いていた。
「でもそれは奏汰が信用されているからじゃないの?」
…………そしていつも通り志桜里と俺が奏汰をフォローしていた。
こんな光景を俺が体験することは冤罪で色々あった時に諦めかけていたが、2人のお陰で想像よりも楽しませてもらっている。
「そうそう、武田のやつなんか事故にあったらしいぞ」
そんな事を考えていると話題が変わっていた。
「そうなのか?」
「あ!それ私も見たかも……確か強盗して逃げてたらトラックに轢かれたんだっけ」
「まじか」
そう、驚いたものの、悲しくなったり可哀想に思ったりすることは全く無かった。
びっくりするくらい冷静でいられる。
「俺も1つネタがあるんだけどさ……」
そう切り出して、俺はつい先日あったことを2人に話した。
それは、うちの親が離婚したという事だ。
俺が家を出て行ってからというもの、ギスギスとした夫婦仲だったそうだ。
それでもいつかは帰ってきてくれると信じていたらしいが、俺はさらさら帰る気はないので、仲は良くなるわけもなく、ついに離婚したらしい。
俺はその話を聞いて、めちゃくちゃ笑った。
え?性格が悪い?何でも言ってろ。
ばあちゃんからその話を聞いたのだが、笑っている俺を見て、「ごめんね……もっと早く気付ければ……」と、言っていた。それに対して俺は「ばあちゃんは、悪くないよ、悪いのはあの2人とあの場にいた人たちだから」と言った。そう言うことができた。
「そういえば、あの時の小学生って今どうしてるのかな?」
そんな会話をすることができるくらいには良くも悪くも切り替えることができた。
俺にとってあの出来事はこれまでの人生、そしてこれからの人生において、何よりも自分の経験値になったと思っている。
自分から行動を起こすことの大切さ、人を信じること、人に頼ること。これらのことはきっと自分が死ぬまで大切なことだと思う。
そしてこの事をみんなに伝えよう。実体験でも交えて面白くしたらみんなも良く聞いてくれるかな。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと考え事してた」
そう言って、俺は微笑んだ。
「そろそろ日付変わるし帰る?」
ちらっと時計を見ると、11時半を過ぎていた。
「じゃあ俺も一緒についていくよ」
二人の家は俺の家からすぐの場所にある。
準備をしてすぐに家を出ようとすると、奏汰が、
「あ〜……ごめん、実は俺、明日急に仕事入っちゃって……これから新幹線に乗って帰るから。修斗は志桜里を送ってやれよ」
と言った。
「まじか、忙しいのにごめんな」
「いや、やっぱりこういう集まりは大事にしたいからさ」
そう言って俺の方に顔を近づけた。
「……それに、もうそろそろ志桜里に言えよ」
「……わかってるよ……」
「んじゃ、俺はこの辺で、またな〜」
奏汰はこちらに手を振りながらタクシーに乗って駅に向かった。
「じゃあ志桜里、送っていくよ」
「ありがと」
俺と志桜里は家を後にした。
俺は家を出る前に、小さな立方体の箱をポケットに入れた。
「な、なぁ志桜里」
「なに〜?」
「ちょっと酔い醒ましにそこの公園に寄らない?」
そう切り出して、2人公園のベンチに座った。
冷たい夜風が頬を撫で、俺は覚悟を決めた。
「志桜里、覚えてるか?あの日、あの街で俺が志桜里に言ったこと」
俺がこの街に来る前、志桜里が言おうとしたことを止めて、『待っててほしい』と言ったことだ。
「あれから結構経っちゃったけど、聞いてほしい」
「……うん」
俺は深く息を吐いた。
入試なんかよりもずっと緊張する……
でも俺は決めた。
志桜里の前で片膝を付き、持ってきた箱を開けた。
そこには少し前に買ったペアリングが入っている。
「俺は……志桜里のことが……好きです。きっと迷惑をかけてしまうと思う。だけど、精一杯頑張るから……だから……俺と……結婚してください……!」
俺は怖くてなかなか顔を上げられなかった。
失敗したらどうしよう……という考えが頭をよぎる。
だが、それも次の瞬間には消え去った。
「はい……喜んで!」
そう志桜里が言ったとき、ようやく顔を上げられた。
志桜里の頬には涙が流れており、顔を赤らめていた。
そして、どちらともなく近づいて俺は志桜里の薬指にリングをはめた。
「きれい……」
「そうだな……」
「そこは『君のほうがきれいだよ』って言ってほしかったな」
「難しいな……」
そして、互いに顔を近づけて、俺は初めてのキスをした。
俺が志桜里にプロポーズをして、数ヶ月がたった。
今日は学校で道徳の授業がある。
俺は実体験を含めて話そうと思ったのだが、良い言葉が思いつかなかった。が、何故かちゃんと話せるという自身があった。
そして授業が始まり、全く滞ることなく、進んでいく。
(志桜里と一緒に居たから自信がついたのか?)
そう思ったが、違うと思った。
いや、それもあるかもしれないが恐らくはあの時の経験は俺にしか話せない、経験者にしか話せないからこそ、自然と言葉が紡がれていくのだろう。
「俺からみんなに言っておきたいことがある。少し長いが、聞いてほしい。これから生きていく中で絶対に大事なことだ」
俺はそう言って話を始めた。
「みんなは人を信じられなくなったことはある?」
「俺はある」
「それは何故か」
「俺は何もしてないのに罪に問われ、誰も信じてくれなかった」
「いや、正確には2人の友人しか信じてくれなかった」
「親は全く信じてくれなかった」
「もちろん誰も信じられなくなって、辛かったし怖かった」
「でも今は友人のお陰で楽しく過ごせている」
「俺は十分充実した生活を送れていると思う」
「だから、みんなには俺みたいな経験をしてほしくない」
「言葉にするのが難しいけどこれだけは言えることがあるんだ」
「友達を信じること、これが大切で、絶対に忘れてはいけないこと」
「俺は2人のお陰でここまで復活できたけど、もしそれが3人なら?4人なら?推測だけどもっと早く立ち直れただろうな」
「そしてみんなの周りには何人いる?」
「みんなで助け合って、協力して」
「そうしたらきっと笑って明るい未来に行けるから」
「そのことだけ覚えてくれたらこの授業は大成功だよ」
俺はちゃんと言いたいことを言い切って、終えることができた。
これで少しでも良いからみんなの心の中に残ってくれればいいな……
絶対に俺みたいな子どもを作らないように頑張ろう……そう思った。
「……………………んぅ」
俺は温かい陽の光で目を覚ました。
長い長い夢を見ていた。今までの事を。
授業から数ヶ月が経って、季節は春を迎えようとしていた。
満開の桜並木を俺は志桜里と一緒に歩いていた。
手を繋いで季節を感じるようにゆっくり歩いていた。
もしかしたらあの事件がなかったら今のこの状況は訪れなかったかもしてない。
そう思うと一周回って冤罪にしてくれて感謝してしまっている。
だってもう、俺は幸せになれたから……
昔の人が『終わりよければ全て良し』と言っていたが、このことだろうな。
俺は志桜里とお腹の中にいる新・し・い・家・族・に目をやった。
「この子が生まれる頃には桜も散ってるよなぁ」
「みんなでここでご飯でも食べられたらきっと美味しいよね」
「そうだな。じゃあ来年までお預けだな」
そう言って2人で微笑んだ。
その時、
『来年みんなで花見しよーな』
と、奏汰からメッセージが来た。
俺たちは大きく笑った。
心なしか俺たちの赤ちゃんも笑っているだろうと、思った。
「あ〜……幸せだなぁ……」
俺は心の底からそう思うことができた。
全てを壊された俺の復讐 香住ケ丘の異端児 @kasumiitanzi0
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