悪役に憧れた真面目夫婦は、頑張って我儘を考える。

くろぬか

第1話 わるい事をしよう


 私は今まで、とにかく真面目に生きて来た。

 お父様とお母様の言いつけはちゃんと守ったし、学園だって首席で卒業した。

 幼い頃に両親が用意したお見合いに赴いた結果、騎士団員を目指す相手と婚約する事となりそのまま結婚。

 旦那様は今では騎士団長にまで上り詰め、私の両親もさぞ鼻が高いだろう。

 そして相手方の両親も、ひたすらに“完璧な令嬢”を演じる私を気に入ってくれて順風満帆。

 周囲の人間が羨む様な生活を送っている、筈なのだが。

 いつからだろう、こんな生活が億劫になってきたのは。

 旦那様とも関係は良好だし、喧嘩の一つもした事が無い。

 というか私が従う姿勢を常に見せているので、相手もコレと言って口を出す事は無い。

 お互いに親が厳しい家で育った影響か、まさに仮面夫婦とでも言う様な生活だったと思う。

 相手も私にそこまで興味が無さそうだし、私も旦那にあまり興味が無い。

 顔は良いし、実績も凄い。

 お給料だって物凄いので、何一つ不自由はない。

 だからこそ数週間程仕事で家を離れ、久しぶりに帰って来た旦那と食事をしても。


 「何か、変わったことは無かったか?」


 「いえ、コレと言って。穏やかな毎日でした」


 「そうか」


 「これも旦那様のお陰です、日々貴方に感謝しながら生きております」


 「……そうか」


 食事中の会話も、これでお終い。

 これが私、“ヴィヴィアナ・レーヴェンハルト”。

 実家から離れ、多少は自由が利く身になったというのに。

 それでも、私は未だ籠の鳥状態。

 外に出れば“騎士団長の妻”という肩書が常に纏わりつき、過去の影響なのか私ですらご令嬢から憧れの視線を向けられてしまう。

 非常に息苦しい、何処へ行っても周りの目が付きまとう。

 外に出ても、家に居ても。

 ストレスは何処までも積み重なっていき、何処かで発散を求めた。

 その結果が、コレだ。


 「おぉぉ……まさかそう来るとは。悪役の令嬢だけではなく、王子までグルだったなんて……これは確かに“禁書”に部類されますね……」


 だらしなくベッドの上に寝転がり、小説を読んでいた。

 私が読んでいるのは、禁書。

 つまり国内で販売が規制されたり、禁止されている書物。

 読むだけで危険な魔導書なんて代物もあるが、コレはそうではない。

 単純に内容が暴力的だったり、王家や貴族、騎士や兵士といった立場のある人間を悪役に仕立てた物語。

 そんなものそこら中にある話だとは思うのだが、こういうモノが出回ってしまっては色々と問題が出る者達が多いらしく。

 大手の出版元からは扱い辛いとされ、大量生産には踏み切れない書物。

 物自体は魔法の類でどうとでも複製出来るらしいが、販売した後が怖いんだとか。

 王族を悪者にしたお話なんて売り出せば、下手したら重罪の可能性だってある。

 作者はもちろん打ち首だし、その協力者として関わった全ての人が罰せられる恐れがあるのだ。

 しかも、所持しているだけで反逆者として罰を受ける可能性さえ発生する。

 だからこそ、“禁書”。

 なんて言っても、最近ではそこまで厳しくはないそうだが。

 捕まった事が無いので良く分からない。

 でもこれがまた……面白いのだ。

 普段だったら絶対言えない様な言葉を、声高々に登場人物が口にしてみたり。

 ただの一般人や新人騎士が、惚れた相手の為に王家に歯向かったり。

 日常では味わえない、“流石にソレはないだろ”というのが味わえる。

 登場人物に限らず、周りの人物だって魅力的だ。

 悪役として登場する人々も、主人公に意地悪する理由があったり無かったり。

 そういうのを考えるだけでも、楽しいのだ。

 私はとにかく普通に、でも高い水準を保つように努力しながら生きて来たから。

 こういった悪役の行動には惹かれてしまう。

 こんな風に我儘になれたら、どれだけ気持ちが良いのか。

 気に入らないからって、周りの人々や使用人に当たり散らすのは申し訳なく思ったりしないのかとか。

 色々気になる事がいっぱいなのだ。

 基本的に専属メイドに本の購入は頼んでいるのだが、もしかしたらこれも“そう言う行為”に含まれるんだろうか?

 途中で兵士に止められ、買ったものを見せろと言われてしまえば“禁書”な訳だし。

 そう言う意味では、私も同じような事をしているのかもしれないが……専属のメイドは、喜んで買いに行くのだ。

 しかもキラキラした瞳をしながら、帰って来る度に。


 「奥様! 読み終わったら私も読んで良いですか!?」


 とか聞いて来るくらいだ。

 多分、大丈夫なのだろう。

 物語に出て来る悪役の令嬢達の我儘には憧れてしまうが、私を慕ってくれている使用人達が罰せられる様な事態は避けなければいけない。

 だからこそ、この趣味もそろそろ終わりにしないと。

 そう、思っていたのだが。


 「ヴィーナ、もう寝てしまったか?」


 声と共に、寝室の扉がノックされた。

 聞えて来るのは、間違いなく旦那様の声。

 ダッサム・レーヴェンハルト。

 今では国の守り人なんて言われる程、武勇伝を現在進行形で作り上げている、出来過ぎた騎士様な訳だが。


 「しょ、少々お待ちを! 今片付け……じゃなかった、すぐお迎えしますので!」


 不味い、私は彼の前では完璧な女性を常に演じて来たのだ。

 こんな“禁書”を読みながらベッドでダラダラしている所を見られてしまっては、即離婚だと言われてもおかしくない。

 慌ててベッド下に本を隠そうと、無理な体勢で腕を伸ばした結果。


 「うきゃぁ!」


 「ヴィーナ! どうした!?」


 それはもう見事に、ベッドから転げ落ちた。

 顔面から落ちたのでもちろん痛いし、隠そうとしていた禁書は……あろう事か扉の前に吹っ飛んで行った。

 そして悪い事は続くもので、夫が扉を開いてしまったのだ。

 多分、私が悲鳴を上げたのが原因なんだけども。


 「ヴィーナ? えぇと、その。大丈夫か? それからこれは……」


 「あぁぁ! いけません旦那様! それはタイトルすら読んではいけません!」


 だってもう、タイトルからしてヤバイのだ。

 『性悪令嬢に王子を寝取られ、婚約者には捨てられたが。実は聖女だった』とかいうヤバすぎる題名。

 寝取るだとか婚約者を捨てるだとか、しかも悪役が王子だったり主人公が聖女だったりと。

 もう完全に国と貴族を敵に回す様な小説だと言うことが、タイトルからして分かってしまうだろう。

 もはや今までの体裁など無視して、バタバタ動き回りその本を奪い取ってみれば。


 「禁書、か?」


 「……」


 終わった、これはもう完全に終わった。

 だって相手は国に仕える騎士なのだ、それどころか周りから称えられる騎士団長様なのだ。

 反逆者だと言って、今日中に家から放り出されるかもしれない。

 上に報告がいけば、私の実家だって無事では済まないかも知れない。

 だからこそ本を胸に抱えながら目をつぶり、ジッと次の言葉を待ってみれば。


 「ヴィーナ、ちょっと来てくれ」


 「……はい」


 夫の低い声に、大人しく従って立ち上がった。

 多分もう、家から追い出されるのだろう。

 もしくはここまでお堅い家なのだ、庭に連れていかれて即座に首を落されるのかもしれない。

 そんな事まで覚悟して、彼の背中に着いて行ってみれば。

 辿り着いたのは、彼の寝室だった。


 「いいか? 周りの人間には絶対に言うなよ? 使用人にも言っては駄目だからな?」


 そんな事を言い放った彼は、ベッド脇の本棚を動かした。

 すると、何という事でしょう。

 本棚は横に移動し、壁に埋まる様にしてもう一つ本棚が出て来たではありませんか。


 「え? えぇ……あの、コレ。全部“禁書”では?」


 「あぁ、今まで黙っていてすまない。俺は……こういうのが好きなんだ」


 ソレに近付き、背表紙に目を向けてみれば。

 “王族にうんざりした騎士の反逆物語”

 “腹黒王子は、国を転覆してでも好きな相手に告白したい”

 などなど。

 物凄い量の禁書が目の前に広がっているでは無いか。

 え、読みたい。

 物凄く読みたい。

 やはり女性と男性では着目点が違うらしく、夫の方は男性を主人公とした作品が多いようだ。

 いやいやいや、でも物凄く読みたい!


 「旦那様は、国に不満をお持ちなのでしょうか?」


 「断じて違う! が、その……なんだ。次から次へと面倒な仕事ばかり押し付けやがって、とかはたまに思う……転覆とか、反逆とかではないぞ? でも、そういう悪口を言いたい気持ちを、こういう小説はスカッとさせてくれるんだ」


 そんな事を言いながら、彼は視線を逸らしてしまった。

 だが、なんだろう。

 今まで夫婦として生活して来たのに、これ程までに彼の感情を見た事があっただろうか?

 いつだって冷静で、短文しか喋らなくて。

 そんな人が気まずそうに、ポリポリと頬を掻いているのだ。

 武勇や実績を考えると、本当に仕事人間なのかと思っていたが……これはもしや、私と同じだったのでは?


 「旦那様……その。もしかして、なのですが……環境には納得と満足はありますが、気持ち的には不満だらけだったりします?」


 「そ、そんな事は無い! と、言いたいが……正直、不満はある。ありもしない噂で武勇伝が語られたり、周りから常に手本の様に見られていては気が休まらない。そして……その。お前程の妻を貰ったのだから、しっかりした夫を演じなければと……常に気を張っていた」


 夫の言葉を聞いた瞬間、この身体に雷が落ちた様だった。

 私達はお互いに遠慮して、二人して同じ物を我慢していたのだ。

 何という愚かな行動、何という時間の無駄。

 こんな事なら、結婚する前に全てを曝け出してしまえば良かったものを。


 「旦那様、いえ……ダッサム様! 本日より我々夫婦において、遠慮は無しに致しませんか!? やりたい事があったら言うし、文句があれば口にする。そういう事にしませんか!?」


 物凄い勢いで食い付いてみれば、彼は困った様な顔を浮かべつつも。


 「そう、だな。うん、そうだ。夫婦なのだから、そうでなくては。俺もヴィーナがどう思っているのか、常々気になっていたんだ。だからこれからは本音で話そう! あ、しかし使用人の目もあるし……そうだな、どちらかの寝室に集合してから、本音を暴露する。これでどうだ?」


 「それでいきましょう! とりあえず私はココの本が読みたいです!」


 「俺はお前が今持っている本が読みたい! 他にもあるんだろう!? 正直に言え!」


 そんな訳で、本日。

 私達は本当の夫婦になった。

 肩肘張ってばかりの仮初夫婦ではなく、二人してベッドにゴロゴロしながら本を読むような仲に。


 「この令嬢、凄いな……我儘し放題だ。いやでも、こういう人物もたまに居る上に金遣いが荒い妻が多いと話に聞いた事はある」


 「そう言うのは旦那様に構って貰えないから、好き勝手にイライラを発散させるみたいですよ? 私の場合あまり装飾とかにも興味ないので、本を買ったりするくらいですが。あ、旦那様、ココ良いですね。王子がゲラゲラ笑いながら、主人公の幼馴染を攫うシーン。明らかに犯罪行為なのに、何故周りの兵士達はこの愚行を止めないのでしょうか? それを踏まえて考えると、妙に面白い光景に思えてしまいます」


 「まぁ普通なら王子とは言え止めに入るが……多分周りも協力者か何かか、兵士に見える案山子なんだろう。権力の問題があろうとも流石に止めろと、そこは私も笑った。事実これが表沙汰になったら、王子所か護衛している者達まで罰せられるからな」


 なんて事を話ながら、夜は更けていく。

 途中私の持って来た本を読み終わってしまった夫が暇そうにしていたので、彼の禁書を幾つか持ち出し、私の部屋へと移った程度で。

 結局はベッドでゴロゴロ。


 「いやぁ……楽しい。なんでこう、悪役が目立つ作品に心惹かれるのか」


 「分かります。私もお綺麗に収まっている物語より、ドロドロとした感じの……何と言えば良いのか、人間の汚さを描いた話の方が引き込まれます」


 とはいえ、やっぱり最後は主人公が綺麗に納めてくれないと作品にならないのだが。

 そんな会話をしながらも、日が昇るまで本を読みふけった私達。

 そしてお互いにちょっとクマが出来てしまい、二人して笑い合った後。


 「なんというか、分かった気がするな……今までは俺だけの感情だったから理解出来なかったが」


 「と、言いますと?」


 夫はベッドから立ち上がり、丁寧に本を戻してから。


 「俺達は多分、周りの期待に応えて綺麗に生きようとし過ぎたんだ。だから、息苦しい。それはヴィーナも感じていた事だろう?」


 確かに、今まで私は周囲の言葉に従って生きて来た。

 両親の期待、夫の期待、民衆の期待。

 それら全てを体現する為に、“完璧な女”であろうと心掛けて来た。

 でも、その内の一つが今。

 全くの勘違いだと気づいたのだ。


 「では、俺達も我儘になってみないか? どちらか片方では離婚の恐れがあったが、二人でやれば……その、なんだ。周りが引いても、二人なら最低限の線引きは出来る。過度な期待を含まない目線で、これからは俺達を見てくれるのではないか? 失望されるかもしれない、陰口を言われるかもしれない。でも俺は、もう少し自由に生きたい。そしてその隣をヴィーナが歩いてくれるなら……怖いモノはない、と思うのだが」


 夫は、真っ赤な顔でそんな事を言い放つであった。

 それはもう、プロポーズの時でさえ無表情だった男とは思えない程に。


 「良いですね、ソレ。凄く良いです! 私も周囲の目にうんざりしていた所です! 私、悪役令嬢になってみたいです!」


 「お、俺はアレだ! 腹黒王子……は流石に無理だが、悪い貴族になってみたい! 金と権力にモノを言わせて、好き勝手する悪役だ! お互いに役を決めよう、楽しそうだ!」


 本当にもう、楽しい時間だった。

 夫と二人で、子供みたいに話し合う。

 自分はこうなりたい、こういうのがやってみたい。

 じゃぁこうしてみよう、今後はこういう態度を取ってみよう等など。

 朝日が眩しい窓を他所目に、私達は声を張り上げながら今後の事を話し合うのであった。

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