第11.5話 シードル占い

「…………むっ」


 いけない。ちょっと眠くなったかも。

 ああでも、まだ目を通したいものが沢山ある。本当にここは、遥の秘密にしても大き過ぎるよ。

 僕はちょっと重くなった目を擦って、次の行へと目線を動かす。

 面白い。でも楽しむだけじゃいけないんだ。

 ここから得られたものを、僕が活用できるようにならなくちゃ。

 遥を振り向かせる……のはできてる。魅了も……できてるはず。

 なら、遥が自分の気持ちに素直になった時に、僕以外が見えないくらい意識させる……


「ふふ……」


 覚悟してなよ、遥。





     †††††





 シードルを口に含む。

 非発泡性の柔らかな甘みが舌に絡みつき、唾液と混ざって解けていった。

 喉を滑り落ちる感覚はやや軽く、飲みやすい酒だと言える。


「ふむ」


 何となく、今は酸味が強い気がする。

 食前酒としても食中酒としても何度も味わったからこそ、これが良くない前兆であることを察した。

 科学的な根拠などない。ただ、私だけの占いだ。

 甘みが強ければ絶好調。バランスが良ければそれなり。酸味が強ければ——


「本部長。テラーという女ですが」

「逃しましたか」

「……はい」


 ほら、不調だ。

 

「まあ仕方ありませんね。私から見ても、彼女は手練れでしたから」

 

 あのテラーと名乗った女性は、私が本気で危機感を持つくらいには恐ろしかった。

 明らかにカタギの空気ではない。殺し殺されを繰り返す、死を身近に感じる者の風を纏っていた。いや、そこらの傭兵より、遥かに警戒心を持っていたかもしれない。


「貴方達を責める気はないのでご安心を。下手をしたら私ごと皆殺しでしたからね」


 私がサラリと言えば、部下が目を見開き驚きを示す。


「そ……そこまで?」

「勘ですがね。少なくとも、惨殺の算段はつけていたとは思います」


 私や部下一人一人に向けていた、視線や仕草。私の思考を読む、観察能力。毎晩ゴロツキを締め上げても傷一つない、戦闘能力。


「……こちらは6人ですよ」

「それを返り討ちにできると確信したから、誘いに乗っただけです」


 「舐めやがって……」と悔しがる部下に、私は冷たい視線を向けた。

 舐める? まさか、テラーはただ正当な評価を下しただけだ。

 私は拷問師兼プランナー。部下は肩書きだけで貰った、素人に毛の生えた護衛。


「それに……苦かったのでね」

「苦かった?」


 テラーと対面している時、私だけはシードルに口を付けていた。

 その時、私の舌は強めの苦味を訴えていた。

 酸味が強ければ不調。ならば苦味が強ければ——


「絶不調。厄介事にならなくて一安心です」


 私は懐から端末を出して、アプリを開く。

 発信装置からの信号はない。最後の情報として送られていたのは、高温にさらされたことを示す数値。

 つまりは燃やされたか、はたまた

 さて、これはどちらだろうか。

 グラスを持ち上げ、シードルを光にかざす。ステンドグラスのようなグラデーションは、少しの濁りもなかった。


「ふむ」


 ゆっくりグラスを傾け、舌に少量乗せた。

 シードル。これまで何百回と飲んだ液体が、素晴らしい刺激を脳に流し込む。


「ふふ……」


 思わず零れた私の声に、部下が体を揺らした気配がした。

 だが部下なんて存在を感じはしても、反応するに値しない。

 今、舌を歓喜させたのは——はちみつにも勝る甘み。

 確信だ。

 テラーは、カードを炙った。

 そして見たのだろう。私の名乗る、私の誇る名前を。

 稀代の拷問師にして計画専門家プランナーに相応しき、尊大な名称を。


(テラーさん。この優雅な戦さに強き者プトレマイオスと、どうか良いお付き合いを)


 残ったシードルを、喉に流し込む。

 芳醇で甘い香りが、鼻に抜けた。

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