第9話

 森の奥深くでメルたちは野営していた。

 開けた場所を選んで野営地にし、天幕を張って焚火を囲んでいる。

 焚火の周りには肉を差した串が並べられており、ジュウジュウと肉汁を垂らして食欲を誘う匂いをさせていた。

 辛抱たまらないという風にメルの腹が鳴る。


「なぁまだか?」

「焦らないでください、生焼けだとお腹を壊しますから」

「俺は腐りかけの肉食っても腹壊したことないけど」

「意地汚い上に生き汚い奴だ」


 フィオナは苦笑し、ナッシュは呆れる。


「……そうですね、そろそろ良いでしょう」

「やったぜ、飯飯! …………くぅ~っ‼ うめぇ!」


 メルは気にすることなく、串焼きにかぶりつく。


「森の奥に逃げ込んだ時はどうなるかと思ったけど、何とかなるもんだな」


 美味そうに肉を頬張るメルに、フィオナとナッシュも頷いた。

 メルたちが森で野営しているのは、近くの宿場町まで戻らなかったからだ。


「このまま森を突っ切りましょう」


 魔術師の工房から何とか脱出したあと、フィオナがそう提案したのである。


「宿場町の反対側まで、森を突っ切るんです。そこから街道へ出ましょう」

「おいおい、正気か?」


 この森は深く、素人が簡単に踏破できるようなところではない。


「近くの宿場町に戻った方がいいのでは?」


 ナッシュもやんわりと反対したが、フィオナは首を振る。


「お二人も知っているように、宿場町には盗賊ギルドが多く滞在しています。昨晩の騒動で私たちの顔を見ている者もいるでしょう。そんな私たちがノコノコと宿場町に現れたらどうなるか──」

「霊薬を持っていると知れて、襲ってくるかもしれねぇな」


 メルは納得がいったと深く頷く。

 我が身を守るだけならいざ知らず、霊薬とフィオナを守りながら、盗賊ギルドがいる宿場町を通過するのは至難の業──いわば手枷足枷を嵌めたまま、狼の群れの中を脂ののった肉を持って歩くようなものだろう。 


「なので我々はこのまま宿場町とは反対方向へ森を突っ切ります。いいですね」


 霊薬を守るためだ仕方ない、とメルとナッシュは頷いたのだった。 


「──あれから二日歩いた訳だけど、そろそろ森を抜けられそうか?」

「そうですね……星の位置を見る限り、もう少しだと思います」

「街道まで出られたら、そこからは早いな。さっさと帝都に向かおうぜ」


 次の串にかぶりついて、メルは鼻を鳴らす。


「しかっし美味ぇな! フィオナが料理できる奴で良かったぜ」

「それ程でも。私のやった事は、肉の下処理と味付けくらいですし……むしろメルさんが野兎や野鳥の解体が出来る方で良かったです。おかげで助かりました」

「それでもすげぇって。ちゃんと下処理と味付けするだけで、串に刺して焼いただけの肉もこんなに美味くなるんだな。俺捕まえた獲物をバラした後は、適当に塩振って食うだけだったからさ。こんな美味い肉食うの初めてかもしれん」

「……こほん」


 ナッシュがわざとらしく咳払いをすると、すぐにフィオナが何か察する。


「ナッシュさんにも感謝していますよ。狩りが上手なのですね、おかげでこうしてお腹いっぱい食べられます」

「いえいえそれ程でも! 狩りは貴族男子の嗜みですから!」


 言葉とは裏腹にナッシュは得意げに答える。


「ちぇっ、俺より多く獲物が狩れたからって調子に乗りやがって……」

「ふん、負け犬の遠吠えだな」

「誰が負け犬だ!」

「悔しかったら文明の利器の使い方を覚えるんだな──というか、太めの木の枝を棍棒代わりに野兎を走って追いかけだした時はドン引きしたぞ」


 昼間の狩りを思い出し、ナッシュはげんなりとした顔をする。


「仕方ねぇだろ! 狩りの仕方なんて知らなかったから、今までも普通に追いかけてぶん殴るって方法で野兎だとかをとっ捕まえてたんだから‼」


 肉の解体だって、見よう見まねと実地の試行錯誤で覚えたもので、誰かにちゃんと習った訳ではない。


「よくそれで今まで生きて来れたな」

「大抵の事は人力で何とかなるだろ」

「うーん……脳筋ここに極まれりですねメルさん」


 ナッシュとフィオナが呆れ顔をする──と、こんな調子で森を突き進むこと三日。

 ついに三人は北東部の一大都市に到着した。




 街道沿いに建てられた小さな小屋。

 そこで顔に傷のあるひょろ長い体格の男──ダニアンは寝転んで酒を飲んでいた。

 不意に小屋に駆け寄る足音が聞こえて、サッと手元の短剣に手を伸ばすが、


「お頭ァ!」


 という部下の声で、短剣の柄から手を放す。


「おう、どうだった」

「いましたぜ。酒場でやり合ったあのガキども三人。この先の街道から街に向かって歩いていくのを見つけやした」

「へっ……よくやった」


 部下に労いの言葉をかけてから、酒瓶を投げてよこす。


「へへへっ! 森の回りの街道に網を張った甲斐があったぜ!」


 ダニアンは堪え切れず笑みを漏らす。


「しかしお頭、よくアイツらが逃げる先が分かりやしたね?」

「ああん? ちょっと考えればわかる事だろう。奴らが霊薬を持ち出したとして、その後どこへ行くにしても、森を出て街道を歩くしかない。となれば、森の近くの街道を張ってりゃ、そのうち奴らは網にかかるってのは道理さ」


 獲物を追いつめる蛇のような狡猾さと執拗さ。ダニアンの字名あざな、赤蝮の由来である。


「一度手に入れると決めた物は、必ず手に入れてやる! くははっ、待ってろよガキども」


(どうやって霊薬を奪う? 手下と一緒に数を頼んで囲むか? いや、街に入られると衛兵隊もいるし中々面倒だ……となると、俺一人で搔っ攫う方が早いか?)


 ダニアンは底意地の悪い笑みを浮かべ、どうやって霊薬を強奪するか、計画を練り始めた。

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