楽しくタコをおこさせるお話
僕は異世界で幾度となく死んだ。
勝てもしない格上相手や組織に何度も戦や喧嘩を吹っ掛け続け、殺し合いをしまくってるといつかはそうなる。これは宿命というやつだ。
でも、僕は特殊仕様だった。魂の死ではないから死は許されず生き返りまくっていた。
肉体は死んだとしても。世界そのものが死を認識できないから蘇るしかなかったのだ。
まあ、それはさておきだ。
僕は死んだあと、まっさらな状態に戻るのではなく、記憶を代価にして復活できる。
魔法系統とは違う別の技術。
魂の奇跡をもってしてそれはなされる。
魂の扱い方を極めれば理論上誰でも神のような存在になり、世界すらも騙し、生き返られる。
今、こっちでもそれは出来ないことはないが、それはあっちでの話。
身体が先のルール下では死んだら終わりゲームオーバー。
やればこっちの神がブチギレる。日本では神様特権はゼロ。みな一様なルールのもと人間やってる。
肉体は復活しないし、死=誉で生きてるちょっと頭がポップで略奪が大好きな仲間たちもいない。
おまけに僕の記憶を食わせた悪霊もどきのバディーとなる精霊もいやしない。
自動的に危険な仕事を請け負うなら僕である。悲しい、人望はない。
つまり、何が言いたいかってことはだな。僕はこれから暴行のお仕事を任される。
バイトと同じくらい気楽に頼んでこられるのは困る。
誘拐単語でそんな予兆を察してしまう。
「攫われたってことはだよ。浩介はつまり誰かを怒らせてるってことだよね?」
『そうだ。あいつは……浩介は……麻薬の製造をしてたんだ』
「なかなかにロックだねえ。わお、すごい反社活動じゃないか。でだ、連絡が取れなくなったってことは攫われて一日か二日ってことかな?」
『そうだ。昨日になる』
なるほどなるほど。時間が惜しいみたいだ。言うことを聞かないやつは、拷問フルコースセットまたは処刑だ。
ずば抜けて天才なのが仇となったみたいだ。
『ああ……それで』
京が言う前に僕は次を言ってのける。もうそういうもんなんだろう。
「分かった分かった僕と浩介は魂で繋がってるから位置を特定して回収しろ。で、攫った連中は皆殺しで良いのかな?」
『ああ、頼む。それと、浩介が最後に言ってたんだが……その』
「ん? 何?」
『俺が殺されても殺しはなしだ』
「ああ、うん。うざいなぁこっちの労力考えろよ」
京は言いにくそうにして口籠る。察してるけど敢えて言う。くだらないうっぷん晴らしだ。
「言っておくけど、そういうのケースバイケースだから。死体の処理はそっちで頼むからね?じゃ、バイト前にやってきますよ」
『おい、今からやるのか?』
「ああ、そうだよハゲ」
そう京に問われて、盛大にため息を漏らす。なんか言ってきたが返事なんてもう面倒だな。
「待て待て!俺にも考えがあるからッ!指定する場所に来て欲しい。そこで話し合えば……」
うるせー、携帯を耳から離す。ピッと通話ボタンを切る。
前にいるリアの顔をちらりと見た。
無言だ。目を伏せてる。あるいは、もうかかり合いになりたかないのかね。
「なーんだよ、族長さんよぉ。黙ってりゃあいいと思ってんだろ。何も言わねぇでいたら誰かがどうにかしてると思ってるんかな?」
ほんとに鬱陶しい。このクソガキをどこぞへ収容しないと仕事にならない。
「……私は族長じゃない。そんなの思ってない」
こっちのことなんてどうでもいい、勝手にやってくれって顔だな。無関係を貫きたいらしいが、いちいち汲んでる余裕はない。今の僕には、その答えを待つ時間も、耳を澄ます余白も残ってない。
「あっそうか。そうだな。そんなもんはどうでもいいんだよ。……あーめんどくせ。なんで僕があんたの顔色まで読まなきゃなんねーのよ。耳ついてんなら返事しろ」
「……」
対して、彼女は小さく眉を寄せた。微かに唇の端が引きつる。
ポカンとしたようなボーっとしたような考えても結論出てこない顔だ。
「今からお前を京のとこに連れてく。返事!」
その瞬間。
掌の中で、携帯が震えた。
画面が勝手に点灯し、耳障りな音量で声が炸裂する。
『おい!!!悠人いい加減にしろ!!!』
思わず顔をしかめる。ビビったぜ。
「はぁ?んだよ……」
クソ、締まんねえなぁ。
てか、通話切ったはずだろうが。なんで勝手に僕の意図とは違って動くの?
『今すぐリアに変われ!!ふざけんな!お前ッ!!』
「うっせえよタコ。聞こえてるって」
僕はタコと追加で言い放ち、舌打ちをする。ほんと苛々する声だな。
「んだよ、もう……ほらよ」
こいつ指も絹みたいな白さだな。それに比べ僕は薄汚れていて垢が溜まってる。
僕は彼女にも舌打ちして、携帯を持ち直す。
入れ替わると同時に、携帯は大爆音から通常の通話に戻った。
驚いた。どんな芸当したらそうなるんだ。
「……あの」
暫く待っているとリアが小さく呟いた。耳を傾けているとさらに小さくなった。
「……ごめんなさい」
ごめんなさい、か。
……知らねえよ、そんなの。
あらゆる意味で気が悪い。ここにいたらぶち切れをかます未来が見える。
無性に煙草が吸いたくなった。今日死ぬかもわからんのだから別にええやろ。
立ち上がって、煙草を取りに向かった。
────────────────────────────────
京の住所は横浜の方だった。東海道で一本で行けたので楽ではあったし、アナウンスがついてるのは尚更助かった。
空調が効きすぎて、ガールの白か銀かの区別がつかない髪が僕の顔に直撃し続けている。イライラポイント加算だ。
どちらかが会話を始めるだなんてイベントはない。電車の中じゃガールは終始僕に顔なんて合わせずいない者扱いだ。
足が折れてるからと席を譲ってくれたやつがいたのにふてえ野郎だ。言葉が違うと言えどお礼も言えねえのかよ。鬱憤が溜まり続ける移動ではあった。
夏だってのによぉ。小娘との密着は暑いんだよ。何度か日陰に行かせて、後ろの荷物に気に掛けながら水を飲ませる僕は苦労人だ。
「……」
僕が水筒を差し出すと、わずかにためらってから、受け取った。
言葉はない。けど、手がほんの一瞬だけ、僕の指に触れたときの……あのびくっとした反応が……妙に心に引っかかった。
明らかに敵愾心が削がれてる。京と何を話したらこうなったんだ。
「京は良い奴だろ」
「……」
汗で体力も吸われた元気のない瞳で僕は見られる。答えるつもりはないな。
「ほんとに良い奴なんだ。これからお前のことも何度も救ってくれるはずだよ。だからアイツの言うことは絶対に聞け。お前のためになることしかない」
「……」
「何を話してたのかもこっちは聞く気もない。そっちがなんに対して興味ねえようにこっちも詮索なんてしたくもない」
「……」
「余計なもんにクビ突っ込まないで生きるのが長生きのコツだ。分からないものには分からんと処理しろ」
ガールは何も言わない。好都合だ。
「僕に懐けなんて言わない。むしろ、お前が嫌いだ。だからお前も僕を嫌え」
これ以上僕を見てくるな。不愉快だ。
「……嫌えっていわれて嫌いなんかにはならないよ」
気付かぬうちに重心が前へ寄っていた。おっと、つま先が前に踏み込めるように向かっているじゃないか。
よしよし、口は笑っている。頬の筋肉は堅いがばれない程度だ。
僕は踏み込める体制をやめて一歩引いた。
「おや、僕をぶっ殺すために来た奴のお言葉とは思えないな」
「矛盾なんかしない。あんたは絶対に私が討つ、私がどう思うかなんてどうでも良い」
「そうか、楽しみで仕方ないな」
僕がそう言ってやると、何かを呟こうとして途中で口をつぐんだ。
少し、口元を整えるみたいに指で触れ。それからやっと言葉を発した。
「私は絶対に帰る。あんたみたいなやつに言われなくても絶対に……殺す」
「そうだな、それでいい。だから殺しやすくなるようになるべく僕から離れろ」
そう言ったあと、リアはふいに口を閉じて、視線を落とした。
そして、なぜか――自分の腕を両手でそっと抱くように、撫でるように擦りはじめた。
寒いわけではない。皮膚の感触を確かめているみたいに。
その指先は、あまりに優しすぎて、逆に不安になる。
声は出さない。表情もない。だけどその仕草が、言葉よりずっと重く感じた。
……まったく。なんだってそんな目で黙るんだよ。
何かを吐き出すわけでもなく、拒絶もせず、ただただ、静かに。
僕の目の前で、あの子は自分の中にだけ答えを落としていく。
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