めしが冷めるそれが大問題だ!

 今日の夕飯どうしようかな。

 このダンゴムシもどき少女は割と良い飯を食ってきたはずだし。野性味が強いと腹を下すよな絶対。


 確か今あるのって、スズメバチすの煮物、捕まえた南国ゴキブリが少々、ゲジゲジが割とあるしな。


 あとは、怪しいインド人から買い付けた香辛料がいっぱい。


 僕はひらめいた。


 ここは大国中国の歴史に習おう。今日の晩餐はゴキゲジチリだな。さて、じゃ、食材たちを絞めるとしますか。

 

 そう考えていると、ダンゴムシ少女が、弱々しくもはっきりした声で言葉を絞り出した。


「……あなたが……全部壊した」


 ブルブルしてる布団は雪だるまが震えたみたいだ。彼女の声は意外なほど静かで、それゆえに一層重く響いた。


「あん?」


「何もかも全部……あなたが壊したんだ……!私の全部をあなたが……!」


「あっそう」


 人に話聞いてもらう態度じゃないな。僕は、少女の殻を無理やりはぎ取った。上手に取れました~。


 瞳には涙が溢れていて、赤く染まった頬にはさっきのビンタの痕が痛々しく残っている。あらあら泣き顔も美人なのね。


「で、僕が誰ぶっ殺して君がキレちらかしてるんだっけ?悪いね、歳でさ。おじさん、四方八方色んな方々怒らせまくってるからさっぱりなんだわ」


 鼻をほじほじするとでっけえのが出てきた。あー腹減ってきたな。


「リーブス学園長……。あなたが殺したから、私の居場所はなくなったの!」


「あー、はいはい。悪かった悪かった。でもねえ、一応さ色々あんのよ。あっちが約束破って、お前をここに行かせるよう仕立てあげたのには変わらんしね。うん、やっぱ殺して良かった~」


 めんど。僕はさっさとキッチンへ向かい、鍋を火にかけて香辛料を適当にぶち込む。えーっと先にゴキからいっちゃいますか。


 少女は小さく鼻をすすりながら、それでも食い下がってきた。


「みんなから見放されて、勇者になれなかったら私には何もないのに……」


「うんうん、そりゃ大変だぁー。これがお前が目指してた現実ってやつだ。よくみとけよ~」


 適当にチリソースを追加すると、ジュワッと音がした。美味そう。ゲジも入れちゃお。あっそうだ、パクチー拾って来たんだしこれも入れちゃうか。


「……私には勇者になるしか道がなかったの!それをあなたが!!!」


「ハイハイ、で?中央政府の連中に僕に追いつけ~って言われて、そのまま何も考えずここまで飛んできちゃったわけだ。いやー、馬鹿だねえ」


 僕はそう言いながらフライパンをかき混ぜる。いい匂いだ。小うるさい蠅はまだ突っかかる元気があるらしい。


「……君の命はこのためにあるって言われたの。お母さんもそれが正しいって、笑って……!応えなきゃいけないんだよ……!」


 くそうるせー。あと、硬いなこいつら。


「うーん、やっぱ腐肉食生物ってひでえ味だ。あ、ゲジちょっと足のとこ固いな、取るか」


「お前を殺して、帰って……そしたら、きっと許されるって、そう思ってたのに……!」


「はっはっはー、御大層な家に生まれたのに飽き足らずもっとほめほめされたかったのかぁ~。残念だったなぁ、そんな未来はないってばよ」

 

 棒読み笑いで、油と火加減を調整する。僕の意識の半分は、後ろの少女に張りついていた。



 声の震え方、喉を詰まらせるリズム、言葉を継ぐたびに擦れる呼吸の気配。意外と分かりやすいもんだ。


 喉奥が息を流すように痙攣してる。唇の形がうまくつくれなくて、単語の節々が滲んでいる。


 泣きべそかきながらどうやっても怒りで誤魔化そうとしていた。


 あー……ガチでめんど。僕もどうしようもない奴だがこいつはもっとどうしようもない。振り返らんでおこ。


「で?それで僕が何て言えば気が済むんだ?」


 フライパンの中身をかき混ぜ試食する。焦げが虫独特の匂いを引き立たせて美味いはずがまっずい。


「うるさい!私と戦え!」


 声が。いや。怒ってないと自分が壊れることを、まだ自分で理解していない子供の震え方だった。


 はぁ~、マルチタスクなんてするもんじゃねえぜ。僕は火を止めた。


「はっはー!殺せとか戦えとか考え精神分裂してるじゃないですかー?」


 背中がガキの目線で焼き付けられてんのが分かる。

 

 熱せられたフライパンをゆっくり置いて、僕は備えた。せっかく作ったのが台無しになる。


「うぁああああああああああ!!!!」


 ゆっくり振り向く。予想通り、涙とか鼻水とかでしっちゃかめっちゃかになってる顔だった。笑うしかなかった。

 折れてる足を無理やり動かして頑張る威勢だけは認めよう。


 ガタンッ!! ちょっと身体を逸らしたら、少女の身体が勢いよくそのままにキッチンにぶつかった。


 頭を打ったんでうずくまるかと思いきや、そのまま手を伸ばした先に――包丁があった。



「おっとっ──」



 やば。ちょっとこれは洒落にならなくなる。


 自分自身に向けるようなら最悪こっちが魂を使わなくちゃいけなくなる。



 ずるずると足を引きずりながら、少女は包丁を引き寄せ、柄をしっかりと握る。


 呼吸が荒い。痛みと怒りと興奮が混ざり合ってアドレナリンが出まくってるのか。ロングの銀髪から覗いてくる目が血走ってギラギラしてる。


「殺す……!今度こそ!!!」


 喉を焼くような叫びが、僕の耳をぶち抜いた。さっさと終わらせないと飯が遅くなりそうだ。



「虚勢しか張れないのか?相手をしてやるからさっさと来いよ」



 滑稽すぎて僕は笑った。ガキの目が揺れる。侮辱されてちょっと怒ったみたいだ。


「っ―う、うるさい!そんなことないっ!!」


「目だけで人は殺せん。腰に芯が通ってない。恐怖心に負けてる」


 ほら、腰が引いた。言葉じゃない。骨と筋肉が、相手の心を代弁していた。


「なんで分かるって顔してんな?」


 僕は笑ったまま、一歩だけ、哀れなクソガキに近づいた。


「分かった。手伝ってやる。来いよ」


 大の字に手を広げて無防備を晒す。痛む足でもよく刺せるようにそのまま僕は胡坐をかいてやった。


 少女が驚いたように目を見開き、震える手を下げて僕に一歩一歩詰め寄る。その瞳には怒りよりも、驚きとそして戸惑いが宿っていた。


「どうした?やるんだろ!?ほら」


 おっと、こういうのをなんていうんだっけかな。馬耳東風?


 まぁなんでもいいか。


 小刻みに震えた手を瞬時に握ってそのまま僕は自分の胸に突き立てた。


「クソっ!!離せ!!!」


 骨盤の向きがが玄関の方向、彼女はわずかに右足を引き気味に立たせている。逃げたくて逃げたくて仕方ないんだろう。


 軸足のずれから察するに、包丁持ってるのに踏み込む気配もない。


 しかも肩の高さが違う。右手が利き腕なんだろう。そちらの肩が垂れ気味に下がっている。若干前かがみでお腹を隠すように身をすぼめている。


 不安を打ち消したい防御姿勢そのもの。


 だが、相手は僕から顔を逸らせずにはいられない。

 仕方ない。殺したいらしいから殺す練習をさせてやろうじゃないか。



 彼女の青目綺麗だな。あの子もこんな目だった。……くだらないな。


「……なんで……なんで、笑ってるの……?」


 そのまま僕は脇を閉め、包丁の柄を少女の手ごと強く握った。奴は後ろへ下がっていくが……逃がすかよ馬鹿垂れ。



「なにして……!?」

 


 狙いすました一点に刃先を向けているのを見て、やっと僕が何をするのかガールは察したみたいだ。

 よし、やるか。深呼吸深呼吸。筋肉の動きで誤差が出ないよう、全身の重心を調整する。



「いいかぁ?よーく目に焼き付けて覚えとけよ。こうやって人を殺すんだっ!」



 そのまま彼女の手を握って、僕は自分の腹に刃を刺した。


 肋骨の下、胃の外縁をかすめる程度、臓器に触れずに済む、ぎりぎりのライン。筋肉の走行と血管の位置を計算して、皮膚と皮下組織、数層の筋膜を裂く。


「いや……やめて……やめ、やめてよ」



 いてえ。そのまま管を通す要領で刃を身体の中に入れていく。



 血がにじんで服を染めていくのがわかる。深くはない。痛みだけはしっかりとある。けれど、それだけだ。


 ポタポタ床に血が滴っている。あー掃除がめんどくせえよ。


 それを見た彼女の青い瞳が見開かれた。虹彩の奥が揺れるように震え、焦点が合っていない。瞬きすら忘れたように、まばたきの間隔が異様に長くなる。


 少女の呼吸が詰まり肩がこわばる。瞼が一度と痙攣し、次の瞬間、急に瞬きが早くなる。目元に浮かんだ涙の膜が光をぼやけさせた。


「……ぁ、あ、あ……」


 包丁を握る手から振動が伝わる。少女の筋肉がこわばって握ったまま開かない。

 さっきまでの怒りと使命感に燃えていた目は、今や狼狽と困惑、そして恐怖で曇っている。


 眼球そのものが僕から逃げるように、視線が逸れて血の滴る床へと落ちた。


 僕はゆくっりと掴んだ手を離した。おぼつかない足で数歩下がったのち、彼女はへたりこんだ。


 残ったのは刺さったままの包丁だけ。


 もういい加減いいだろう。

 筋肉の収縮が始まってたので、僕は緩めるように呼吸を整え力を抜く。


 柄を握って、自分に生えてる異物を取り出した。あーあ、服が台無しになっちゃった。


 ひと段落ついたんで、伸びをしようとしたらズキズキした痛みが僕を襲う。やっぱいてえや。そういや神経とかあるんだっけか。忘れてたな。



 対するじゃりんこガールは無傷であるのに、喉が引き攣れるように痙攣し、うまく息が吸えていない。



 ただ、僕がちょっと体を動かしただけで、大げさなくらいびくつく。恐怖心がやばいみたいだ。

 そのままゆっくりとキッチンに向かい、傷口を水道で洗った。

 血が出きったところで清潔なタオルを二枚使って傷口を拭いた。軽く押し付けるようにして、テープで縛り上げる。


「おっと、そういえば飯の途中だったし、名前も言ってなかったな?」



 僕が掛け声をかけたってのに。返事がない。


 お相手はハッハッハッと真夏の犬のように浅く乱れた呼吸を繰り返していた。精神的なストレスによる過呼吸だな。これ。


 しゃがんで近づいて、手のひらで彼女の背中をさすってやる。


「よーしよし。吸うんじゃなくて、吐け。吸うな。深く吐く。はぁ~はぁ~って。……そう、よくできました」


 入り口より出口を意識させる。吐ければ自然と吸える。それができなくなるからパニックが起きる。基礎中の基礎だ。


「はぁー、はぁーっ……」


「おーしよしよし。いい子だ」


 タオルで少女の顔を拭きながら、少しだけ息を整えた。指でクラップ音を鳴らし、自分の方を見るように促す。


「ほんじゃ、まぁ改めて自己紹介でもしておきましょうかね」


 僕は床に胡坐をかいたまま、映えるように顎で決めポーズを取る。


「やっ!ハロー、わたくし傭兵のブライさん、本名は北条院悠人。昔は皆様の憧れ、救世の勇者やってました。まあ……今はただの無職だ。ようこそ、日本へ」


 少女の瞳が、まだ怯えと混乱のなかにありながらも、かすかにこちらを向く。


「ま、ゆっくりでいいさ。そんなもん全部どうだっていい。今は飯冷めるのが大問題だ」


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