割られたガラス①

「え~……。非常に、非常ひっじょう~に残念なことではあるんだけど。宮原くん。今回の相談者はあなたをご指名らしいの」


 私は、漫画雑誌を広げて相談室で寛ぐ宮原くんを見るなり、眉間を指先でグリグリと押した。


「おお!センセー!俺がよくここにいるってわかったな」

「相談室兼、探偵倶楽部とか言ってたじゃない、あなた。どうせ相談の無い火曜日と金曜日以外は勝手に部室としてつかってるんじゃないかと見に来たのよ」

「ほー、センセーも中々の推理力。やるねえ」

「いいからその漫画しまいなさい。見なかったことにしてあげるから」


 そう言い終わるや否や、私の背後から一つの影が飛び出した。


「チィース!あんたがヒマリンの言っていた名探偵?てか漫画読んでんですけど。ウケる」


 ケラケラと笑いながら宮原くんを指差す女生徒。彼女こそ、今回の相談者にして宮原くんを指名してきた張本人だった。


「……なんだよ、センセー。この珍獣は」

「彼女は二年A組の玉井梨華たまいりかさん。今回の相談者よ。……って、同じ二年生じゃない。名前くらい覚えてないの?」

「俺、興味ないことは覚えれないんで」


 プイッと顔を背けた彼を見て、玉井さんは心底面白そうに手を叩いた。


「アハッ!ちょークール!ヒマリンの言ってた通りだ!」

「だから、さっきから何なんだ。コイツ。……そもそもそのヒマリンってのは誰なんだよ?」

「ヒマリンはヒマリンだよ?知らないの?」


 明るい栗色の髪をピョコピョコと上下に揺さぶり、彼女は嬉しそうに跳び跳ねる。それとは対象的に宮原くんの額には、ピクピクと青筋がたっていた。


(とことん相性が悪そうね、この二人)


 一向に話の進まない二人の会話に割って入ると、私は宮原くんに事の顛末を説明することにした。


「落ち着きなさい、宮原くん。ヒマリンというのは彼女の友人、花崎向日葵はなさきひまわりさんのことよ」

「花崎の?」


 前回相談者からの紹介。これが個人事業ならば嬉しいクチコミなのだが、これはあくまで教師の業務の延長線上。面倒事はあまり増やしてほしくない。ましてや新規顧客のご指名は名探偵様ときた。そんな現状に、私は少しだけ肩を落とすと、生徒達には悟られぬよう説明を続ける。


「そうよ。彼女、花崎さんからあなたの活躍を聞いたみたいでね。ぜひ調査してもらいたい事があるらしいの」

「そ、そ。ケーゴっちに頼みたいことがあるんだ~。ヒマリン、ケーゴっちのことマジヤベーって言ってたし。ウチ、ちょー期待してっから」

「…………」


 宮原くんはあからさまに面倒そうな顔をすると、私の肩を叩いて教室のすみに来るようにジェスチャーをする。そして、玉井さんに聞こえないよう、ボソボソと話し始めた。


「なあ、この案件を俺に持ってきたってことは、一旦アイツの話を聞いたんだろう?だったらセンセーが要約して教えてくれよ。これ以上あの珍獣と話すとIQを吸われそうだ」

「いや、無理。私だって彼女の話を理解しようと頑張ったわ。でも、駄目だった。……もーまぢ悲しいんですケド」

「センセー、感染うつってる感染うつってる」


 つい口をついて出た言葉に私は顔を赤くする。そして、そんな自分を誤魔化すように小さく咳払いをした。


「ん、んん。とにかく、あの子のご指名はあなたよ。話だけでも聞いてあげない?」

「くっ……。わかったよ」


 やれやれと首を振ると、宮原くんは玉井さんの方に向き直る。そして、彼女の相談を聞こうと手近な椅子に腰を下ろした。


「で、玉井。何だよ、相談って」

「あっ!ちょい待ち!玉井って呼び方、カワイクないっしょ?だから、リカって呼んでね。それか~、タマピーでもいいよ?」

「……梨華。相談って?」

「そうだった!」


 玉井さんは背もたれを抱え込む様に椅子に飛び乗ると、ソレをガタガタと前後に揺らし始めた。

 立場的には注意すべきだが、これ以上話の腰は折りたくない。そんな日もあるのだ。教師にだって。


「聞いてよ!ケーゴっち!実はさ、ウチの彼ピのことなんだけど」

「彼ピ……」

「なんか~、車のガラスがパリーン!っていってね?コーチがマヂおこでね?そんでウチの彼ピがちょーヤバいの!だからさぁ、名探偵のケーゴっちには犯人探して欲しーんだ」

「そうかそうか。なるほどなるほど…………」


 宮原くんは腕を組み、何やら考え事をするように目を閉じた。そして、数秒の後。ゆっくりと目を開いた彼は、玉井さんに言った。


「全然わからん。おい、玉井。今度彼ピを連れてこい」

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