三人の容疑者
Win-Winの関係
今日は花の金曜日。などと教職員に浮かれている暇があるハズもなく、今日も今日とて私は一人相談室で事務仕事を片付けていた。
(はぁ~~。やってらんないわよ、こんな空き教室で一人寂しく……)
そんなことを考えながらペンを走らせていると、教室のドアが突然ガラリと開かれた。
「よお、センセー。やってる?」
居酒屋の常連客のようなノリで相談室にやってきた男子生徒・宮原圭吾は、私の返事を待たずして適当な椅子に腰を下ろした。
「……まずはノック。それからここは相談がある生徒の為の教室よ。用が無ければさっさと帰りなさい。そして推理小説でも読み漁ってなさい、コンチキショーが」
空き教室で一人寂しいのは嫌だと言ったが、人数が増えれば別に誰でもいいという訳でもない。できればこう、程よく大人しくて年上の者に敬意を持って接する事が出来る人間が好ましい。彼は駄目だ。人に対する敬意とかそういう感情をフリマアプリで売ってしまったタイプの人間だろう。でなければ私に対するあんな態度の説明がつかない。
「ひでーな、センセー。前も言ったけど俺にだって部活を創るっていうちゃんとした相談があるんだぜ?」
「……まあ確かに?あまり無下にするのも良くないわよね」
探偵倶楽部などという部活も、最初は彼の悪ふざけかと思った。しかし、実際に一緒に行動してみて彼なりの情熱とやらは少なからず感じ取る事ができた。それに、美化委員での出来事。通称『無差別ガーベラ殺花事件』の際には世話になったと言えなくもない。そこで私は、少しくらいなら彼の手助けをしようと前向きな気持ちで話を聞くことにした。
「わかったわ。ちょっとくらいなら話を聞くわよ」
「えっ!ホントか!?」
「ホントよホント。で、そもそも探偵倶楽部って具体的には何をする部なの?そこを決めなきゃ申請できないわよ?」
「そりゃあアレだよ。前にも言ったけど、探偵として学園の事件を解決する部だよ」
「内容が曖昧過ぎる。それじゃあ申請通らないわよ」
「えーー」
腕組みをし、うんうんと宮原くんは唸っていた。活動内容ってそんなに出ないものかしら?
「まあこれは一旦保留にしときましょうか。他にも問題はあるわけだし」
「問題?」
「ええ。部員よ、部員。部活動立ち上げには最低五人の部員が必要なハズでしょ?どうせあなたのことだから、五人もメンバー集まってないんじゃない?」
私の言葉に、宮原くんの顔がどんどん青ざめていくのがわかった。
「……え?必要人数とかあんの?」
「当たり前じゃない。で?今何人くらいなら集まってるのよ」
「……俺だけだけど」
いつもの声とはうってかわって、ボソボソと聞き取りにくい声量で彼は呟いた。
まさか一人も集まっていないとは。驚きのあまり、私はつい本音が溢れる。
「ウッソ!よくそれで部活創るとか言ってたわね!?」
「う、うるせー!探偵ってのは群れない生き物なんだよ!」
「あらそう。じゃあ探偵倶楽部は諦めてさっさとお家にかえりなさい。そして古畑◯三郎の再放送でも見てなさい」
喚く宮原くんの背中を押すと、私は彼をさっさと教室の外に追い出そうと力を込める。だが、彼は私のスーツの袖を掴むと、くるりと身体を翻し抵抗した。
「じゃあこうしよう。ここを相談室兼、探偵倶楽部部室にするってのは。勿論、相談解決には手を貸すぜ?」
「駄目に決まってるじゃない。そもそも相談事なんて他の生徒には聞かれたくないものよ。花崎さんのが特別だっただけで」
「えー、頼むよぉ。花崎ん時みたいな事件性のあるヤツだけでいいからさぁ?それに今回はセンセーのためにイイモン作ってきたんだし」
「イイモン?」
良い物という響きに私の動きが一瞬止まる。その隙に宮原くんは自身の鞄に走ると、そこから長方形の箱と紙束を取り出した。
「ホラ。昨日作ってみたんだ。『相談箱』と『アンケート用紙』。これを職員室の前とかに設置してさ、事前に簡単な相談内容や空いている日時を書いて入れてもらうんだよ。で、センセーはそれを見て日程の調整をして、生徒に伝える。そうすりゃあ、いつ誰が来るかもわからないこんな教室で待つこともなくなるんじゃないかと思ってさ」
確かに、事前に来る日時がわかっていれば時間をもっと有効に使えるハズだ。ただそんな単純なことも言われなければ気付けなかった、自分自身の思慮の浅さには、ほとほと悲しくなってくる。
「……まあ、便利かもね」
「だろ?こういう風に俺はセンセーのサポートをするよ。だからさ、相談者に聞いてくれるだけでいいんだ。もしも何かの事件があったら、俺も捜査に参加していいかって」
「わかったわよ。聞くだけだからね?」
私は渋々承諾した。彼なりに真剣な様だし、なにより相談箱は使い勝手が良さそうだ。
「ホント?っしゃあー!じゃ、センセー。これからはWin-Winの関係とやらでいこうぜ」
「調子に乗るんじゃないわよ」
だが私は気付いていなかった。この時の約束が、こんなにも早く果たされることになるなんて。
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