6 命を奪うために
「やめてーっ!!」
ジャンヌは自分でも気付かぬうちにドラゴンの元に駆け寄り、声を張り上げていた。
「なにをするのっ!?」
腕を広げ、アイリィの前に立ちふさがる。ドラゴンがまた弱弱しく鳴いた。
「やめて、どうするのです?」
ヴェール越しの緑の目は、ぞっとするほど
「ジャンヌ様。お言葉ですが、歩くこともできないドラゴンを城までどうやって連れていくのです? やっと連れて帰ったところで、長くはもたないでしょう。湖でまき
「……あ、あなた」
ふと思い出されるのは、従属商の
――65。
――質にはこだわりません。むしろ、買い手のつかないような従属を……。
このドラゴンを買ったように、この少女は競りで落札しようとしていたではないか。買い手のつかないような自分のことを。
「ア、アイリィ。あのとき、あなたも私を殺そうと……?」
思わず訊くと、アイリィは少し目を見開き、何度か瞬きを繰り返した。
「ジャンヌ様がお望みであれば、そういたしますが?」
「…………だって」
声がかすれる。
「そんなことをしたら、あなたも地獄に……」
「私は信仰を持ちません。神というものを信じておりません。……人間がなぜそのようなものを信じるのか、不思議でなりません」
抑揚の無い声で彼女は喋った。
「死後、私の
緑の目は冷ややかだった。双眸からは何の感情も読み取れない。
「――悪いけど、僕もそのおチビちゃんに賛成かな」
男の声がした。いつの間にか、ドラゴンの腹に手を乗せしゃがんでいる青年がいる。
麦わら帽子を深く被っていて顔はよく見えない。
「かわいそうだが、もう手遅れみたいだ」
彼の身体が光る。ドラゴンも彼から感電したように光を浴びた。
ドラゴンの体内で何か変化があったのか、フ、フ、と何度か息を大きく吸い込もうとする。しかしそれ以上の反応は無い。
「治癒しようとなさったのですか」
訊いたのはアイリィだった。
青年が「ああ」と頷く。金色の前髪が揺れた。
「……あれ、きみはどこかで?」
青年は立ち上がり、ジャンヌを見下ろした。
改めて見上げてみると、背丈はループレヒトといい勝負、といったところ。前に会ったときと変わらず、着古した服を身に着けている。
「以前、従属だった私によくしてくださいましたね」
お辞儀をし、両手首を見せた。彼は縄の
「あのときの女の子か。あれからどうしたかなと思っていたよ」
「その節は、どうもありがとうございました。やはりあなた様は治癒が使えるのですね」
「ああ。使える。治癒が使える者の中でも、とくに強い魔力を扱えるのさ。……僕は、ガブリエル」
青年がお辞儀する。ジャンヌも自分の名を告げた。
「ジャンヌだね。まさか魔族のところに買われたとは。なぜきみたちは喪服が好きなんだい」
「あなた様は、最近街でよく噂になっている方ですね?」
おどけた調子で尋ねるガブリエルにアイリィが口を挟む。
「噂になっている? 僕が? 黒装束の魔族以上にかい?」
「ええ。従属や乞食に施しを与えて回る不思議な農奴が現れると、度々耳にします」
「そうだね。きみの言う噂の通りさ。弱っている人を見かけたら放っておけない性分でね。……しかし」
彼はまたドラゴンを見下ろす。
「ここまで衰弱が酷ければ、もう僕にも手の施しようがない。……こっちの赤毛の彼女の言う通り、天国へ送ってあげるのが人情というものだ」
彼はアイリィに片手を差し出した。
「なんです?」
意図を示さないまま差し出された手をアイリィが
「組まないかい? 僕は街を練り歩き、怪我や病気で苦しむ人々を見つけ手助けをしている。しかし、中にはこのドラゴンのように、救いようのない命もある。亡くなった人間を燃やすことはできないが、ドラゴンの亡骸はどのみち焼却される。家畜と同じ扱いだからね。……だから、僕は治癒をし、救い切れぬ命にはきみが情けをかけ、安らかな眠りにつかせる」
「いたしかねます」
アイリィは彼の言葉を遮らなかったが、終いまで聞いたうえできっぱりと断った。
「私は
「忠誠だって?」
彼は屈託なく笑う。
「そんなに大仰にとらえなくていい」
「あなた様が私に言ったのは『命を奪うためにわざわざ街を回れ』、ということです。信仰を持たないからといって、情けだからといって、他者の命を奪うことを重く捉えぬはずがありません」
青年はアイリィを見つめ、何度か瞬いた。
「……その通りだ」彼は笑うのを止めた。「悪かったよ」
「あ、あの」
ジャンヌはおずおずと口を開いた。
「治癒、もう一度だけ試していただくことはできますか……」
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