記憶小話ー夢見の双子
@Artficial380
夢見の双子
「悪い子には夢の双子が怒りに来るよ!」
記憶世界の子どもは、そんな言葉を両親から言われることが必ずあるんだそうで。
内容としては夜ふかしする悪い子には、眠ったときに遊びに行くはずの夢の世界で双子が寂しがって、怒って悪い子を夜な夜な食べに来る、という話だそうです。
子供にとってはただの怖い存在ですが、大人にとっては厄介な存在だそうです。
夢の双子とは、管理者に属する上位15名に入っている実在する存在。悪夢を見せる姉と、正夢を見せる妹のペアですが、二人一緒に行動するのは稀だそうです。噂によれば、厄介なのは姉の方のようで。
大人になると悪夢を見る確率が高くなるそうです。龍人、獣人、人間と三種類ほどの種族がこの世界にはいますが、特に人間は悪夢に悩まされるんだそうです。悪夢に悩まされると寝不足になって、精神病になる確率が高くなる……というのが人間の間での見解でした。
楽しい正夢を見せる妹は、家に現れると手放しで喜ばれましたが、このような理由で、姉は嫌われていました。そのうち、姉は人前に姿を見せることはなくなり、遠隔で夢を見せるようになりました。
この世界の住民は眠っている間にたまには夢を見ないと生きていけません。正夢を見せる人数も、すべての住民に一気に魅せることはできません。悪夢も見ないと行けない理由もあるのかもしれませんが……人間とは傲慢で高慢であります。自分の都合の悪い物事は排除しきるに限るのです。
姉は部屋にこもりきりになりました。妹は心配で扉の前に行きますが、姉は顔すら見せてくれません。妹の甘やかされた幸せそうな姿を見るのが辛かったのです。妹が悪くないことはわかっていましたが、嫌いになりたくない一心で心のなかでごめん、ごめん、と繰り返していました。
しかしそこは夢の中。
その部屋には当時、人間も来られたのです。
ある日、妹が家に帰ると、中が真っ暗でした。嫌な予感が背筋に触れ、心が不安に飲み込まれていきます。姉の部屋の扉が、今日だけは開いていました。
部屋に入った妹の目の前に広がっていたのは、ぐちゃぐちゃになった姉の部屋と、冷たくなって形のなくなった姉でした。
ここは夢の世界。
心のすべてが映る世界。人間の醜い闇が、この部屋に集まった結果だけがそこに残っていました。
妹は人間が大嫌いになりました。自分がちやほやされていた裏で、姉は殺されたのです。
妹は姉が悪夢を見せる意味を知っていました。姉の見せる悪夢には、現実における予知や警告のメッセージが隠されていました。直接伝えるのはご法度だったので、ぼかして伝えるしかありませんでした。姉は夢を見る住民たちを想って、尽くしていただけでした。
しばらくの間、夢を見る住民はいなくなりました。妹はグシャグシャの姉と引きこもりました。毎日毎日涙を流して、正夢を見せるエネルギーすらなくなってしまいました。姉とお揃いだった黒髪は色が抜けたグレーっぽい白髪になり、瞳も曇ってしまいました。
明るかった夢の世界は、ろうそくの炎をともしているほどの暗さになりました。
そこに青いバラを頭に咲かせた少女が訪ねてきました。荒れた室内を通り抜け、締め切られた扉をノックしました。
「Dreamちゃ〜ん お仕事たまにはサボるのもいいけどちょっと長すぎだよ〜」
返事はありません。
「入っちゃうよ?」
少女は扉を開けて中を覗きました。
妹、Dは血が腐った部屋の中央で座り込んでいました。こちらを見た顔は痩せこけ、目の下の隈はこびりつき、髪もボサボサで伸び放題。体中に掻きむしった跡と引っかき傷がびっしりついていました。少女は顔色変えず、その顔の前にしゃがみます。
Dはもう何も言えません。涙が何十にも枯れた跡が、その怒りと悲しみの深さを少女に語っていました。
「……ねぇ この床の落書きは何?」
床には私達には魔法陣に見えるなにか丸いものが描かれていました。まるで悪魔を呼び出そうとしていたかのようです。Dは問に答えようとせず、じっと少女を虚ろに見つめるだけでした。
「まだ会いたいんだ Nightmareに」
Dは顔をそらしました。少女は問い詰めます。
「死んだモノは戻らないよ 出来ないこともないけど」
少女はにんまりと笑いました。口角だけ上がった冷たい笑顔です。
その言葉を聞いたDはもう人の表情をしていませんでした。叫ぶ声も人のものではありませんでしたが、何かを懇願していました。少女の服を強く掴んで叫び続けます。
「言語すら話せないほど狂い果てたか……じゃあこうしようか 復活させてあげよう ただし条件がある」
青バラの少女は立ち上がり、死神の大鎌を携えて言います。
「髪でもいいから体の原料になる一部が必要だ 脳に近ければ近いほど 直接繋がっていればそれほど再現度が高くなる どうする?」
見上げるDは座り込んだその姿勢で停止しました。
数秒後には、自ら左目をえぐり出して差し出していました。一つも悲鳴をあげずに、なんのためらいもなく。もうさっきまでの狂った獣はどこにもいませんでした。いるのは姉を想う健気な妹が一人いるだけでした。
「いいだろう!望みを叶えてやる!」
正夢は今日も人々の夢を飛びます。
左目があった穴には歯車が埋められ、瞳は光を失ったまま楽しい夢を見せ続けます。もう姉が殺されないように部屋に閉じ込めながら。もう人間が来ないように守り続けながら。
自らの身体を分けた双子は、今日も自分が、姉が生きるために人の体を喰らい続けます。罪深い人間が幸せな夢を楽しんでいる夜の間に……。
結局人間は眠り夢に堕ちると、翌朝に帰る体がないかもしれない恐怖に怯えながら眠らなければなりません。きっと、彼らにとっては悪夢討伐は正義だったのでしょう。しかしどうでしょう、よくなるどころか、正夢まで牙を向き始めた始末でございます。
正義として行っても、それが正しいことでなかったら全て正しい形で己に回り回って還ってくるのです。
正夢に食べられてしまった主犯の人間たちのようにね。
記憶小話ー夢見の双子 @Artficial380
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