第11話 飲みにケーション



「で? 何を受けたんだ?」


「……これよ」



 シャルは端末に依頼を表示し、テーブルの真ん中に置く。

 類似案件もあるかもしれないので、実際に見てもらった方が早いと判断したのだろう。

 ……まあ、たんに説明するのが面倒くさかったのかもしれないが。



「巨大生物の調査及びその駆除ぉ……? お前ら、こんなクソ依頼受けたのか……」


「何よ! 文句あるの!?」


「シャル、落ち着け。そう棘のある言い方をしなくとも、問題があるのか聞けばいいだけだろう?」


「う……、そ、そうね……」



 シャルはやや尖った性格をしているし口もそれなりに悪いが、根は素直で良識のある人間だ。

 貴族ゆえの気位の高さはあるが、むしろ貴族として見れば異端とも言えるほど差別意識や傲慢さがない。

 それがビル相手だとこうも感情的になるのは、恐らく複雑な心境のせいなのだろう。


 直接本人の口から聞いたワケではない――というか、聞いても恐らく否定するだろうが、シャルはビル達のことをライバル視していたのだと思われる。

 同期であり、ランクも近いのであれば意識しない方がおかしな話だからだ。

 さらに言えば、シャルは一度ビル達にルーキーズカップで敗北していることもあり、去年のルーキーズカップではかなり対抗意識を燃やしていたハズだ。


 にもかかわらず、ビルは表面上はガキをあしらうような態度を取り、あまつさえ金に汚い真似をした。

 シャルからしてみれば裏切られたような気持ちになるも無理はないし、さぞ失望感も大きかっただろう。


 先程のやり取りでビルが開拓者としてのプライドや熱意をしっかりと持っていることは理解できただろうが、シャルは若いこともあり、まだ感情の整理が追いついていないのだと思われる。



「ハッハ! シャルロットの口が悪いのは知ってるし、一々気にしねぇよ! ……まあそれに、俺が嫌われてるのは自業自得だからな」



 ビルも恐らくシャルのことは意識していたのだろうが、恐らく年長ゆえに変なプライドが邪魔をして若手を意識していると思われたくなかったのだろう。

 軍にいた頃は俺もそういう態度を取られることが多かったので、身をもって体験済みだ。



「そう言ってくれると助かる。それで、この依頼に何か問題があるのか?」


「塩漬け状態になってるって時点で面倒な案件だってのはわかるだろ? あ~、でもアレか、シャルロットは酒場とか行かねぇだろうし、知らねぇのも無理はねぇか……」



 シャルは一応未成年という扱いなので、法律上まだ酒を飲める年齢に達していない。

 未成年者飲酒禁止法は国ごとに年齢制限に差があるが、キャトルセゾン公国の場合は16歳で成人として扱われるため、飲酒もそこで解禁されることになる。


 まあ、頻繁に国外に出る開拓者でルールを守っている者は稀かもしれないが、シャルは意外にもそういったルールには厳しいタイプだ。

 ルール違反ギリギリの行為はすることもあるが、それは同時に違反にならないよう細心の注意を払っているということでもあるので、少なくとも自分からルールを破るような真似はしないだろう。



「……なるほど、そういうことか」


「ちょっと、一人で納得しないで説明しなさいよ」


「なに、大人の世界ではよくある話というやつだ。……っと、これは別にシャルを子ども扱いしているというワケではなく、純粋な年齢制限とそれに伴うコミュニケーションの話だ」


「うわ……、もしかして所謂いわゆる、飲みにケーションってやつ?」


「ハッハ! そういうこった!」



 シャルはあからさまに嫌そうな顔をするが、その気持ちは俺もわからなくはない。


 飲みにケーションとは「酒を飲む」と「コミュニケーション」が合わさった造語で、文字通り酒の席でのコミュニケーションという意味だ。

 組織によっては人間関係を円滑にするために用いられるが、それ以外にも情報交換を目的として利用されることが多い。

 もちろん酒の席での話など信用に値しないレベルの噂話がほとんどだが、アルコールで口が緩んだ結果得られる貴重な情報もあるため、決して侮ることはできない。

 場合によっては機密漏洩に繋がることもあるため、軍人時代は対策として夜の店の利用に規制がかかったこともあるくらいだ。


 つまり、上手く活用すれば飲みにケーションには大きなメリットがあるということだが、そもそも未成年は利用できないという問題がある。

 他にも酒が苦手だったり、そもそも喋るのが苦手な人間もいるため、酒飲みと比べると情報量や人間関係に格差が発生しやすいのだ。

 似たような例として煙草コミュニティーもあるが、アレはアレで仲間意識みたいなものが生まれやすいため、酒とは違った口の軽さを期待できる。


 だから、年齢制限などの理由で参加できない、もしくは参加したくない層からすれば、面白くないと感じるのも無理はないだろう。

 むしろ、そこからさらに「じゃあお前もやればいいだろ」などと言われ、より強い嫌悪感を抱くようになっている可能性も高い。


 これについても身を持って体験済みなのだが、俺が士官に上がった後は若手の部下の愚痴を聞くこともよくあったため、実体験以上に色々な事例を知っている。



「そんな情報、正直信用できないんだけど?」


「まあ、当然確証のある話じゃないぜ? ただ、似たような話を何回も聞けば信憑性は高くなるだろ?」



 ……確かに、それが噂話レベルの内容でも、何度も耳にするようであれば真実味は増してくる。

 ただ、それならそれでギルドに情報が伝わっていないのは不自然だ。



「内容を聞いてみないことには判断できないな」


「そうね。もったいぶらずにさっさと言いなさいよ」


「そうだそうだ!」


「なんでトルクまでソッチ側なんだよ! ったく……、俺が聞いた話じゃ、その巨大生物ってのはどうやら蜘蛛らしいぜ」


「「「蜘蛛?」」」


「お、おいトルク!? お前、マジかよ!?」



 俺やシャルと同じ反応をするトルクに、ビルが本気で焦りだす。



「おいおいビル、酒の席での話なら俺が憶えてるハズないだろ?」


「自慢げに言うんじゃねぇ!」


「ちょっと! 夫婦漫才してないでもっと詳しい話を聞かせなさいよ!」



 まだアルコールも入っていないというのに、このグダグダ具合……

 この分だと、今夜は長くなりそうだな……



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