第10話 交流



「ビル!? アンタなんでこんな所にいるのよ!?」


「おいおい、ここは世界各地の開拓者が集まる場所だぜ? んなこと、言うまでもねぇだろ」


「……ってことは、アンタ達も未踏領域が目的ってこと? あ~っ! そういえば、やっと・・・Cランクになったんでしたっけねぇ?」



 皮肉たっぷりといった感じでシャルが挑発するが、その気持ちもわからんではない。


 このビルとその相方であるトルクには、Dランクまでしか参加できないルーキーズカップに参加するため、あえてランクを上げていなかったのでは? という疑惑がかかっている。

 疑惑の発生源はネットのDランク開拓者コミュニティで、炎上まではしていないが当時少し話題になっていたらしい。

 シャルはそういったコミュニティに属していないため知らなかったようだが、あとでエゴサ? という行為をしたところ色んな議論や陰謀論が飛び交っていたのだそうだ。

 そして俺達は、本人の口から直接聞いているので疑惑が真実であることを知っている。



「ま、そういうこった。俺らもCランクになったからには、本格的に未踏領域攻略を目指すつもりなんだぜ?」



 ビルはシャルの皮肉を意に介さず、余裕のある姿勢を崩さない。

 それは俺やシャルが、皮肉以上のことを言えないとわかっているからなのだろう。


 というのも、ビル達に対する疑惑はルーキーズカップが中止になったことで風化しつつあるし、俺達があの発言を暴露したところで証拠は残っていないため、信用されない可能性が高いからだ。


 それに何より、俺達にはあの日の出来事の大半に箝口令が敷かれている。

 どうやら、未踏領域で発生している異常現象の原因がデウスマキナであることを、開拓者ギルドは秘匿しているらしいのだ。

 いや、恐らくは開拓者ギルドどころか、国家レベルのトップシークレット扱いである可能性が高い。

 あの好々爺――グリズリー会長がその笑顔を崩して真剣な表情で語っていたことからも、その重要性が理解できた。

 未踏領域と開拓者のマニアであるシャルが知らなかったのも、そういった事情があったというワケだ。



「ハン! 拝金主義者のアンタの口からそんな言葉が出るとはね!」


「……さっきも似たようなこと言ってやがったが、それは聞き捨てならねぇぜ? お嬢様。確かに俺は金が好きだが、金だけのためなら開拓者なんざハナからやるワケねぇだろ」


「っ!」



 さっきまでのお調子者のオッサンのような雰囲気がガラリと変わり、歴戦の強者が放つような威圧感プレッシャーを肌に感じる。

 これがビル本来の性質なのであれば、俺の中の評価を改める必要がありそうだ。



「……ま、日頃の行いが悪かったのは間違いねぇからな。そう思われても仕方ねぇとは思ってるよ。だが、俺にだって開拓者としてのプライドはあるからな。そこはしっかりと否定させてもらう。……ついでにお前ら――特にお前には宣言しておくぜ、ルーキー。お前には、ぜってぇに負けねぇからな。覚悟しとけよ?」



 ビルは俺を指さし、そう宣言してくる。

 一瞬驚いたが、次の瞬間にはざわざわとした何かが俺の背中を駆け上がってく。

 それはかつて、ガキの俺を大人達が対等と見てくれるようになった日に感じた高揚感に酷似していた。

 こういうのは――悪くない。



「望むところだ。俺も負ける気はない。……ただ、俺を対等として見るのであれば一つ要求をしておく。俺の名はマリウスだ。ルーキーと呼ぶのはもうやめてもらおう。……ついでに、シャルのこともちゃんと名前で呼んでやってくれ。ビル」


「ちょっと! ついでとは何よついでとは!」



 騒ぐシャルを無視し、ビルに右手を差し伸べる。

 握手は全国共通の文化だし、意味は通じるだろう。



「へっ! 俺の半分くらいしか生きてないくせに生意気言いやがる。ま、俺も年齢なんざ気にしねぇけどな! ってことで、今後も宜しくやろうや、マリウス」



 ビルはそう応え、ゴツゴツとした手で俺の手を強く握りしめてきた。

 それを見てシャルは、



「うわ、あつくさ……。男って本当単純って言うか、ガキって言うか……」



 と言ってきた。

 ビルは年齢なんざ気にしないと言っていたが、本物のガキに言われると流石に恥ずかしかったのか、すぐに手を放してギルドから出て行ってしまった。





 ◇





「しっかしマリウスよ~、よくこんな騒がしいうえに気のつえぇガ――女子と組む気になったなぁ?」


「それについては俺自身が一番驚いている」


「なんでよ!?」



 ギルドを出ていったビルだが、実は俺達を飯に誘うのが本当の目的だったようで、なんとそのまま外で待っていたらしい。

 シャルは難色を示したが、流石に断るのは悪い気がしたので俺が説得して今に至っている。



「ま、まあまあ、落ち着きなってシャルロット様。そういうのが騒がしいって思われる原因かもよ?」


「ぐぬぬぬぬ……」



 そう言って上手くシャルの怒声を封じたのは、ビルの相方のトルクである。

 トルクはビルよりも少し若いようだが、中身はビルよりも大人のようで、さっきから落ち着いて場が熱くなり過ぎないよう温度調整役をしっかりとこなしていた。

 こういう補佐役となり得る人材は軍人時代にも重宝されていたので、恐らくかなり仕事ができるタイプだと思われる。



「そうだぜぇ? シャルロット。さっきだって俺が割り込まなかったら、もっと大事おおごとになってただろうからな~」



 どうやらビル達は別の受付の列に並んでいたようだが、シャルの声で俺達の存在に気付いたらしい。

 途中までは様子見していたが、段々とヒートアップしていくシャルに危機感を覚え、トルクに受付を任せてフォローに来たのだそうだ。



「そんなにマズイ状況だったのか?」


「元軍人のくせに気付いてなかったのかよ。国家契約組は大分ピリピリしてたぜ?」


「……俺はパイロットだからな。特段感覚が鋭いワケではない」


「そりゃそうか」



 軍に所属している人間は体を鍛えているので、一般人よりも体力面で秀でているのは間違いないだろう。

 戦闘訓練も受けているので、誰でもある程度の肉弾戦であれば十分に可能だ。

 しかし、それ以外はそれぞれの専門職に分かれるので、専門外の分野についてはほとんどの場合大したことがない。

 もし俺が対人スキルに特化した者と生身で戦うようなことがあれば、恐らくあっさりと制圧されてしまうだろう。



「何にしても、あの場であんな話をすりゃ空気悪くなるに決まってるぜ」


「悪かったわよ……」


「改めて、ビルには感謝だな。……それで、何故俺達を飯になど誘ったんだ?」


「そりゃルーキーズカップのときの詫び――」


「というのは建前なんだろ?」


「……いや、多少は悪いとは思ってるぜ? 後悔は一切ないがな」



 ビルはしっかりとプロ意識を持っているタイプの開拓者だ。

 仕事として請け負ったからにはそれを全うするのは当然だし、後悔するくらいなら最初からあんな仕事は受けていなかっただろう。



「本命は情報交換といったところか?」


「真面目に考え過ぎだぜマリウス。もちろんソレもあるが、本命はただの交流だよ」



 そう答えたのはトルクだが、恐らくビルはもう少し打算的に考えての行動だと思われる。

 現にビルは、まだ目の前の酒に手を出してない。

 考え過ぎかもしれないが、交流が真の目的なのであれば自然とは言えないだろう。



「トルクの言うとおりだぜ。……ただ、俺らは開拓者なんだし必然的にソッチの話題中心になるのは仕方ねぇよな。……で、お前らは何の依頼でここに来たんだよ?」


「教えてもいいけど、当然アンタ達も教えてくれるんでしょうね?」


「そりゃ当然だ」



 これは少し興味深いな。

 何せ俺はシャルとしか行動をしてないので、他のチームがどんな依頼を受けているかは少し気になっていた。

 この機に色々と学ばせてもらうことにしよう。



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