第4話 エリザ・マクスウェル



「改めまして、面接を担当するエリザ・マクスウェルです。宜しくお願いしますね、マリウス・グリューネヴァルトさん」


「あ、ああ」



 エリザ・マクスウェルと名乗った女性はテーブル越しのソファに着席し、優雅に脚を組む。

 その眩いほどの脚線美に思わず目を奪われてしまうが、慌てて視線を逸らす。



「フフ♪ どうやら苦手と言うよりは、初心うぶと言った方が正しいようですね」


「……もしや今のは、俺を試したのか?」


「それも面接官の務めですので」



 エリザはそう応えてから少し悪戯っぽく笑みを浮かべる。


 面接とは直接本人と対話し、観察することで、人物像や能力を確認する行為だ。

 そういう意味では、エリザの行動は面接官として間違ってはいないだろう。

 ただ、俺が女性を苦手としていることは、先程のシャルとのやり取りを見て既に知っているハズ。

 つまりエリザの行動は、単純に俺をからかう目的だったのだと思われる。



「……受付嬢であるアンタが、何故面接まで行うんだ?」



 言いたいことはあるが、ひとまず飲み込んで一番の疑問を口にする。

 俺の感覚としては受付嬢が面接を行うというのは、どうにも違和感が強いのだ。



「それは、私が特殊な立場だからですね。通常の受付担当者は、私のように面接官を任されることはありませんよ」


「特殊な立場……?」


「ええ、私の本来の職業は、マリウスさんと同じ開拓者なんです」


「っ!?」



 想定外の回答だったため、流石に驚きを隠せない。

 今の今まで直視できていなかったエリザの顔を、躊躇ためらいなく凝視してしまうくらいには驚いた。



「あら? そんなに驚くほど意外でしたか?」


「……ああ、女優やモデルだと言われた方が余程信じられる」


「……驚いている割には、お世辞を言う余裕はあるんですね」


「面接官殿にはそう見えるか? ……しかし残念だが、それは誤解だ。情けない話だが、今の俺にそんな余裕はない」



 意図せず凝視したことで、改めてこのエリザという女性の美しさに恐れおののく。


 髪の色はこの国では一般的な金髪だが、同じ髪色のシャルとは比べ物にならないほど手入れが行き届いている。

 眩いほど美しい光沢を放ちながら、柔らかさを感じさせるふんわりとしたセミロング……

 一体どんな手入れをすればあれ程上質な髪質を保てるのか、美容に疎い俺にはまるで理解できない。


 顔立ちについても、俺が今まで見てきた女性の中でも五指に入る美しさだと思う。

 ……ただ、この五指のうち二人は記憶がおぼろげになりつつある母とシャルなので、そもそも俺の見てきた女性の数自体があまり多くない。

 そのため、美的感覚の養われていない俺の感覚はあまりアテにならないと言える。


 しかし、スタイルについては俺の無知を踏まえたうえでも、凄まじいと言わざるを得ないだろう。

 基本的に女性を直視できない俺だが、ギルドの制服は明らかに女性のスタイルを強調する作りとなっているため、パッと見ただけでもエリザの優れたボディラインが理解できてしまった。



(……アレは、本物なのか?)



 視線を下げた先には、たわわに実った二つの果実があった。

 これは比喩ではなく、本当に果実でも入っているかのうような現実感のなさから生まれた疑惑である。

 しかし、大きく開かれた制服から覗く胸の谷間が、これは本物だと訴えかけているような気がした。



「フフ♪ まあ確かに、この程度で顔を赤くするような初心な方が、そんな気の利いたセリフを言えるとは思えませんね。正直なご感想、ありがとうございます♪」



 エリザは俺の視線を見透かしたかのうように、胸の上に手を乗せる。

 別に見たくて見ていたワケではないので、サッと視線を外し誤魔化すように疑問を投げかけた。



「……アンタなら、開拓者になどならずとも色んな業界から引く手数多あまただったろう。何故わざわざ開拓者になった?」


「もちろん興味があったからですが、一番の理由はもっと単純で、私の技能が一番活かせる職業だったからですね」


「技能が一番活かせる、とは?」


「こう見えて私、デウスマキナの操縦技術には自信があるんですよ」


「っ!」



 またしても想定外の回答に驚かされる。

 美女に対する表現としては間違っているかもしれないが、まるでビックリ箱のような女性だと思ってしまった。



「……私のような女が――と、信じられませんか?」



 その声色には先程のようなからかうような気配はなく、むしろ少し敵意に近い感情を感じ取れた。



「意外だと思ったのは事実だが、信じられないなどと言うつもりはないぞ。決して女性を侮るような意味はないから、誤解はしない欲しい」


「……失礼しました。何せこの業界は男性が多いので、そういった偏見で見られがちでして……、つい感情的になってしまいました」



 どんな乗り物にも言えることだが、一般的に女性の方が運転が下手という考え方がある。

 これは『脳の性差』の問題で、男性は一点集中型で女性はマルチタスク型と言われるのがその要因だ。

 また、空間認識能力も男性の方が優れていると言われている。


 しかし、これは必ずしも性別により運転の技術に差が出る理由にはならない。

 実際には、運転が下手な男性もいれば、運転が上手い女性も存在するのがその証明だ。

 むしろ、体格や身体能力など明らかに性差が出やすい技術よりも、運転は女性が上達しやすい技術と言えるだろう。



「そもそも、俺はシャルとチームを組んでいるんだぞ? そんな偏見があるワケないだろう」


「それもそうですね。……この履歴書に元軍人と書かれていたので、むしろ私の方が無意識に偏見を持っていたのかもしれません」



 確かに、軍も男社会と言えば男社会だ。

 ただ、それも今は昔の話で、実際は女性の軍人も増えている。



「一応補足しておくが、今は軍にも女性操縦士が多く所属しているぞ」


「そうなのですか? 帝国にはまだ、性差ジェンダー平等という考え方は広まっていないと聞いていますが……」


「確かに帝国は未だに性差別的考え方が浸透しているが、これはそれとは別の理由だ。俺は単純に、デウスマキナを含む乗り物の性能が向上したからだと思っている」



 男女に脳や身体能力の差は確かにあるが、科学技術の向上によりその差は限りなく狭まっている。

 空間認識能力や反応速度に差があるとしても、センサーやAIがそれを補ってくれるようになったため、少なくともその技術が介入する運転や操縦面で絶対的な差は出なくなっているのだ。

 俺は幼少期からデウスマキナに乗っているため、そういった技術の向上について身をもって体験していた。



「……なるほど、興味深い考え方ですね。同時に、アナタ自身にも非常に興味を惹かれました。少し話は逸れてしまいましたが、本格的に面接を開始しましょうか」



 しまった。余計な疑問を口にして無駄に時間を長引かせてしまった……



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