うだる日々に

PROJECT:DATE 公式

親しげな

何故こんなにも暑い日に

外に出なければならないのだろうと

つくづく思う。

午後1時からというのがまた難点だ。

こんなにも文明が発達し、

コロナ禍を経て遠隔で授業すらも

できるとわかったのに、

何故わざわざ図書委員会での会議が

リモートで行われないのだろう。

…会議だけでなく、新たなブースの

設置の手伝いがあるからだと

理由はわかっているけれど、

そしたら今度は何故投稿期間内に

しなかったのかと疑問に思う。


結華「あっつ…。」


脳内で散々文句を垂れながら

赤信号が目に入り立ち止まる。

汗が背中をつうっと辿る。

うわ、絶対臭くなる。

最悪だ。

どう頑張っても暑いものは暑く、

ハンディファンを持ったとしても

それは変わらない。


交差点でぼうっと立ちすくんでいると、

不意に隣に母親らしき人と

幼稚園児くらいの子供が並んだ。

夏らしく麦わら帽子を被っている。

子供が「ママーだっこ」と

駄々を捏ねていた。

地団駄を踏む子供を見ているだけで

運動している暑さが

伝わってきそうだった。


青信号になり、1歩踏み出す。

交差点を見れば嫌でも

自然と悠里のことが想起される。

結局何故悠里が私を守ったのか

正確なことは分からずじまい。

悠里はというと順調に回復しており、

お盆休みが始まる頃には

退院できる見込みのようだ。

悠里自身もその日を楽しみにしていて、

日記にはやりたいことリストが

書き加えられていた。

例えば、プールや海に行くこと。

例えば、蝉の抜け殻を集めること。

例えば、夏祭りに行くこと。

例えば、1日で宿題を終わらせること。

例えば、花火で遊ぶこと。

夏にやりたいことを始め、

その先にはスカイダイビングがしたいだとか

100冊本を読むだとか書かれていた。

そこに絵での目標が

なかったことに安心と

少しばかり寂しさを覚えた。

誰かから聞いたのか、

吹奏楽部のトランペット復活するとも

書き込まれていて、

悠里はまだ戦う気なのかと悟った。


事故にあったとはいえ

重症度は多少低かったのかもしれない。

思っている以上に早そうな復帰に

ささやかな不安と十二分の期待があった。

私自身、悠里のことをどう思っているのか

だんだん揺らいでいるのだろう。

憎んでいるのか、愛おしいのか。

恨んでいるのか、許したのか。

悔しんているのか、楽しみなのか。

悠里に何を思えばいいのだろう。


いつの間にか隣にいた親子はいなくなり、

私は学校へとたどり着いていた。

上履き分の重さが肩から無くなり、

随分と身軽になったかのように思えが、

制服は家で着た時よりも

幾分か重たくなったまま

冷房の効いた図書館へと

足を踏み入れる。

すると、これままでの暑さが嘘のようで

制服が瞬間、一気に冷やされてゆく。

随分と早く着いてしまったようで

中には1人しか座っていなかった。

もしかしたら図書館委員ではなく

一般利用している生徒なだけかもしれない。

そっと離れた席について

様子を見ようとした時、

足音に気づいたのはぱっと顔が上がった。

目がくりくりとしていて、

可愛らしい雰囲気の人だった。


「おはようございます。」


結華「あ、おはようございます。」


本を読んでいたようだが、

一直線でこちらに飛んでくるような

芯の通った挨拶をした後、

静かに本を畳んだ。

かと思えば本を片手に

こちらに歩み寄ってくるではないか。

夏らしく高い位置でひとつに

まとめられている紙が揺れる。

緑色のスカーフが揺れており、

2年生の先輩だと無意識に認知する。


「図書委員の方かしら。」


結華「はい。」


「私もなの。今日は来てくれてありがとう。」


結華「あ、いえ。」


美月「2年Aクラスの雛美月です。よろしくね。」


結華「1年Cクラスの槙結華です。よろしくお願いします。」


ぴくりと眉が動いたような気がするけれど

雛先輩はにこりと笑って

挨拶をしてくれるものだから、

自然と力が入っていた肩が

緩やかに下がっていった。

雛先輩は「本を片付けてくる」と言っては

書庫の方へ向かってゆく。

彼女に対して私はどれほど

無表情だっただろう。

両手で頬を小さく上げてみる。

いや、慣れないことはするものじゃないな。

不気味な笑みを浮かべているに違いない。

鏡があるわけでもないのに

下手な自分の笑みが見えたような気がして

頬から手を離した。


雛先輩は戻ってくると

今度はカウンターの方に向かった。

こちらに向かって手招いている。

ほいほいと彼女の元へゆくと、

カウンター下のいくつかの段ボールが

目に入るのだった。

彼女は髪を耳にかけ、スカートが地面に

つかないようにしゃがんでは

段ボールを開いた。

すると、中からは新刊だろうか、

いくつもの綺麗な背表紙が並んでいた。


美月「ここにある本を、あそこの新しく増えた机の上に並べて欲しいの。」


結華「あの入口の横のですか。」


美月「そうそう。もうバーコードを貼るとか、前準備は終わってるって先生から聞いたわ。」


結華「そうなんですね。他の人たちは待たなくていいんですか?」


美月「それがね…。」


雛先輩は気まずそうに他所を向いてから

眉を下げ困ったような顔をして口を開いた。

思わず段ボールを挟んで私もしゃがんだ。


美月「私たち2人みたいで…。」


結華「…え?」


美月「さっき図書委員担当の先生に聞いたの。…まあ、言いたいこともわかるわよ。」


結華「AからDクラスまでいるのに2人だけしかいないんですか。」


美月「ええ。とは言っても3年生は受験勉強があるから集まるよう声掛けられていないし、他の子は夏休みに入ったから旅行に行ってる子もいるのよ。」


結華「絶対サボりはいますよ。」


美月「確かに体調不良の連絡は多かったわね。」


結華「ほら。」


美月「連絡しただけよかったってことにしておきましょう?」


結華「でも…。」


美月「来るかどうか分からないひとを延々と待ち続けて時間が経つよりもいいんじゃないかしら。」


結華「…それはそうですけど。」


美月「ぱぱっと終わらせちゃいましょう。」


結華「そうですね。」


雛先輩は1人で段ボールを

持とうとするものだから、

慌てて反対側を持つよう伝えると、

「ありがとう」と小さく笑った。

対面していると彼女の小ささが

身に染みてわかる。

堂々としているものだから

同じ目線で話していると

どこか背が高そうに見えていた。

普段からポニーテールをしているのか

分からないけれど、

その凛々しさに見合うような気がしていた。


入口付近まで持って行き

ゆっくりと段ボールを下ろす。

よくよく段ボールの中を見てみれば

本を立てるための台も入っている。


結華「先生はいらっしゃらないんでしょうか。」


美月「さっき少し顔を出してくださったの。仕事があるらしくって、職員室にはいらっしゃるけれどこちらに来れないそうよ。」


結華「そうなんですね。」


美月「何かあれば声をかけてとはおっしゃっていたから、その点心配はしなくても大丈夫よ。」


結華「はい。」


美月「その様子、どうしてわざわざ夏休みにこんなことしてるんだろうって思ってるんじゃない?」


結華「……実際、授業期間内に済ませていればこんな暑い中来なくてよかったのにな、とは思います。」


美月「そうよね。」


結華「何か理由があったんでしょうか。」


美月「どうやら、その時にはまだ本が届いていなかったらしいわ。」


結華「そうなんですか。」


それなら仕方がない…か。

どう頑張っても授業期間内には

できない理由があったのだ。

今日のこの事は辛うじて受け入れよう。


会話がふと途切れる。

無言のまま、段ボールから

本を取り出す音と布の擦れる音がする。

雛先輩が立てる本とその配置を

考えているのを見守っていると、

どれほど彼女が真剣に

考えているのかがわかる。

よっぽど本が好きなのだろう。

そうじゃなければそもそも今日

学校に来ないだろうし、

私を待つ間に本を読まないだろう。

大抵の人間は人を待つ時

スマホをいじるだろうから。


思考を邪魔しないように黙っていると

本立てを並べながら雛先輩はこう言った。


美月「本は好き?」


結華「え?あ、そうですね。そんなに読みはしないんですけど、嫌いではないです。」


美月「そう。それは嬉しいわね。」


結華「よく読まれるんですか。」


美月「ええ。暇だったらすぐ本に手が伸びちゃうのよ。」


結華「すごいですね。」


美月「ううん。ただ好きなことが読書だったってだけ。」


結華「でも、ゲームとかよりはいい気がしますけど。」


美月「そうかしら。」


結華「え?」


美月「確かに、一般的に見ればゲームは毒だなんていうわよね。」


結華「はい。自分がコントロールできなくなるとか聞きますし。」


美月「そうね。でも、その姿に憧れる人だっているでしょう?」


結華「はい。YouTuberとかVtuberとかもそうですよね。なりたがる方が多いというか。」


つい去年度までV singerとして

活動していたことが頭をよぎる。

悠里伝てに年度が変わるまでと

聞かされていた上、

誘われてやっただけなので

憧れがあったわけではなかった。

けれど、一般的に見れば

活動者を見て楽しそうと思ったり

一緒の世界で頑張りたいと

思ったりするからその環境に

飛び込んでいくのだろう。


美月「ただ好きっていう姿勢が誰かを感動させたり勇気づけたりする時もあると思うのよね。」


結華「なるほど。それはそうかもしれませんね。」


美月「あ、とはいえゲームをするにも限度はあるわよ?依存症になったら大変だもの。」


結華「何事もほどほどにってやつですね。」


美月「そうね。その通りかもしれないわ。」


雛先輩が本立てを並べ終え、

どの本をどのあたりに置いて欲しいと

指示をくれた。

寝かせて置く他の本は

小説、エッセイ、学術本など

ジャンルごとに分けてくれれば

見やすいだろうとのことだ。


それから他愛のない話が続いた。

というより続けてくれた、の方が

いっそのこと正しいかもしれない。

僅かながら無言の時間が続くと、

雛先輩の方から話題を持ち出しては

話しかけてくれた。

部活に入っているかどうかや

1年生の夏以降は勉強が難しく

なっていくことであったり、

おすすめの涼しくなる過ごし方まで

教えてもらった。

少々達観している節があるのだろう、

なんだか一層目上の方と

話しているような気分になり、

空気感が合うような安心感と

歳上だからという緊張感が増していった。


反して私はなんと無愛想なことに

ひと言、ふた言しか返事をしない時があり、

自分で自分か嫌になりそうだった。

これまでもこうして

1人で反省会をしていたかと思うと

なんだかんだで苦労しているのだなと

感じる他なかった。


段ボール内の本は少なくなり、

そろそろ終わりが見えた頃。

雛先輩はしゃがんで本を

取り出そうとしていた時だった。


美月「…ひとつ、聞いてもいいかしら。」


結華「なんでしょうか。」


美月「その、噂を聞いたのだけれど…。」


結華「噂?」


美月「ええ。あなたのお姉さんが事故に遭ったって。」


ぴた、と手を止めて振り返る。

手元の本から手を離して

こちらを見上げる先輩がいた。

真偽を問いただす目をしていて、

まるで責められているかのようだった。


結華「ああ…。はい、事実です。」


美月「…そうなのね。お大事にって伝えてくれないかしら。」


結華「はい。わかりました。」


こうして悠里の話題が上がるたびに

胃の擦り切れるような思いがする。

悠里と話し合い、

和解したと思われる後でも

未だこうなのだ。


結華「結構、その…有名な話なんですか。」


美月「吹奏楽部の人たちが話してるのを聞いてしまったの。」


結華「そうですか。」


美月「あと………いや、これは話すことではないわね。」


結華「そんなもやもやさせるようなこと言わないでくださいよ。」


美月「いいじゃない。今のは忘れて。」


結華「何言おうとしたんですか。」


美月「……まあ、悪い噂が上級生の間でもちらほら流れてるってだけよ。あくまで噂だから」


結華「いじめの話ですか。」


美月「…。」


結華「それなら私も知ってるので、詳しいことを知っているのであればむしろ話して欲しいです。」


噂を知っている、というより

いじめの現場を見たことがあるとは

言えなかったし言わなかった。


美月「……私が聞いたのは、あなたのお姉さんがいじめをしてたらしいってことだけよ。詳しい内容までは知らないわ。」


結華「…わかりました。…にしても、上級生の間でも広がってるなんて意外でした。」


美月「誰かが噂を回しているみたいよ。」


結華「そうじゃないと回らないですもんね…。」


美月「これも聞いた話だから信ぴょう性は低いけれど、ある日2年か3年生の誰かの机の中に紙が入っていたんですって。」


結華「紙?」


美月「そう。「1年の槙悠里はいじめの主犯です」って。」


結華「…。」


美月「犯人はだれかもわからないし、そもそもこの話が本当かどうかもわからない。だからあまり信じすぎないようにね。」


雛先輩は最後の本を並べ終えると、

優しく手を離し、

だらりと腕ごと垂れさせた。


美月「噂を流している方こそ、もはやいじめをしているんじゃないかしら。」


結華「…。」


美月「…って、ごめんなさい。家族の方の前でこんな気分を害するような話…」


結華「いえ。ありがたいです。」


美月「…ごめんなさいね。」


「美月ちゃーん!」


雛先輩が俯いていると、

突如図書館の扉が開かれて

運動着を身につけた女性が入ってきた。

体操服のラインのカラーが赤だから

きっと3年生なのだろう。

髪をひとつに結び、

額に汗を浮かべ首にはタオルをかけている。

部活の途中なのだろう格好をしていた。


「…おっと、それと図書委員さん?」


結華「…どうも。」


「あははー、ごめんね急に大声出して。」


美月「本当よ。んで、波流ったら何の用で来たのかしら。」


波流「部活のことなんだけど、昨日の雨風で体育館の窓ガラスが割れちゃったらしくて、今日は外周ランニングと基礎練して終わりになるってさ。」


美月「もうすぐで夏の大会なのに体育館が使えないなんて不運ね。」


波流「まあね、仕方ないよ。ペアの連携はいい感じだし、この調子で頑張ってこ。」


そういえば雛先輩はバドミントン部だと

他愛のない話の中で言っていたっけ。

多分2年生と3年生なのだろうけど、

敬語もなしに話しているのを見るに

もしかしたら同級生なのかも

しれないとすら思う。


波流「…って、作業の邪魔しちゃってごめんねー。」


結華「いえ。」


波流「じゃあ私はこれで」


美月「待って。」


波流「へ?」


美月「ちょうど終わったから一緒に行くわ。ご飯も忘れていたし。」


波流「本当!やった。」


美月「段ボールは私が片しておくから、槙さんも荷物片付けて出ていいからね。鍵は開けっぱなしでいいわよ。」


結華「わかりました。」


美月「じゃあね、お疲れ様。」


結華「お疲れ様でした。」


お疲れ様でしたなんて口にすると

なんだか部活に入ったような気分になる。

制服姿の雛先輩と

波流さんと呼ばれていた方は

並んで親しげな雰囲気のまま

図書館から出ていった。


がらんとした空間に1人突っ立っている。

部活に入っていたかったということもあり

また私は塞ぎがちということもあって

親しいと呼べる人はあまりいなかった。


結華「…いいな。」


そんな言葉が1人の図書館に

静かにこだました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うだる日々に PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ