第2話
『英語ディベート部』? まぁ英会話サークルみたいなものか?
正直あまり、いや全く乗り気がしなかった。だが(どういう訳か送り付けられた)招待を無視するのも、それはそれで気が引けて。
「......まぁ、行くだけ行ってみるか」
結局俺は、好奇心も相まった末に放課後、記された英語ディベート部室へ足を運んでしまったのである。
そして、すぐに後悔した。
「失礼します。……勧誘状を頂いた、一年の吹原です」
部室棟の最上階に上がると、一目で分かる英語表札の部室があった。木製の引き戸を開けた先の、意外に広い部室には上級生部員に加えて、俺のように勧誘されたと思しき一年組も腰掛けている。
「――あ、確か君で最後だよね? さーて、じゃ全員揃ったことだし、チャッチャと始めましょ」
部室の中央にある長机越しに、部長らしき女子生徒がざっくばらんな口調で場を取り仕切っていた。その後すぐに、外国人の顧問が入れ替わるようにして挨拶を始める。俺は若干の気まずさを感じつつ、手近な丸椅子に腰を落ち着けた。
話を聞くに、肝心の『英語ディベート』とは、三人一チームで行う英語討論戦のことらしかった。
ルールは単純で、与えられた議題に沿って肯定派と否定派に分かれた二チームが互いに主張を述べ合い、その理論の優劣を競うというものだ。つまり『英語ディベート』とは、高度な英語力の試される知的な競技なのである!
……と、そんな説明を英語で受けつつ、俺は早速逃げ出したい気分になっていた。
英語が出来ない訳ではない。俺はむしろその『逆』で......。
部のミーティングは週に一回、活動はもっぱらディベートの模擬戦を行っているらしかった。
顧問は話の最後を、こう締め括る。
「Today, we are pleased to welcome new members. So, at a meeting in a week, We would like to try out a mock debate together. <今日、私たちは喜ばしいことに新しい部員を迎えました。そこで来週の集会において、試しに皆でディベートの模擬戦を実施してみたいと思います>」
おい待て。入部するなんて、俺はまだ一言も言ってないぞ? それに今、サラッと重要な話題が飛び出した気もするのだが……?
「――という訳で早速、模擬戦に向けて班編成をします! ちょっと机動かしますね?」
顧問に代わって、再び例の部長が場を取り仕切り始めた。
何ということだ、どうやら拒否権は無いらしい。流石は英語弁論集団、曖昧な返答など端から受け付ける気は無いようだった。
「ってな訳でよろしく! 新入部員の――吹原君?」
俺のネームカードを見て、元気溌剌と声を掛けてきたのは......何を隠そう、あの部長本人だったのである。
「! っ……よろしく、お願いします」
とうとう俺は観念すると、彼女にペコリと頭を下げる。その様子を緊張していると勘違いしたのか、長髪の部長は北川と名乗ると、あけっぴろげな笑みを浮かべて俺の肩を叩いた。
「そう心配することも無いって。慣れれば英語ディベートも楽しいよ! ね、あんたもそう思うでしょ?」
「……北川女史に聞かれれば、そうですねとしか言えませんよ」
部長の背後から別の先輩が現れると、彼は苦笑交じりにそう答えた。スッと整った目鼻が特徴的なその先輩は、不思議な笑みを浮かべつつ俺に片手を差し出す。
「初めまして、吹原くん。僕の名前は――」
「この着色した蜃気楼みたいな男は、井出っていうの。仲良くしてやってね!」
「いや部長、人の自己紹介を横取りしないでください」
困ったように眉を傾ける井出先輩。それを北川部長は軽く笑い飛ばすと、再び話を続けた。
「さて、じゃ顔合わせはこれくらいね。さて今回、私たちが挑むディベート議題はズバリ――?」
「“Whether it is really essential for Japanese high school students to learn English.<日本の高校生にとって英語教育は本当に重要かどうか>” ついでに僕らは肯定派のようです」
「ナイスタイミング井出、イェ〜イ!」
そんな先輩二人のやり取りを傍観しつつ、俺は居心地悪げに足を組み直すばかりだった。この二人の温度差がまた、この場に奇妙に安定した雰囲気を醸し出していた。
「――ところで、ねぇ吹原君、聞いたよ? うちの超・難関な英語入試、満点だったんでしょ? ディベート部でも噂になってるよ」
っ……それは。
「だから私たち、真っ先に君を勧誘したんだけどね? これからはチーム一丸、一緒に頑張ろう!」
北川部長の純粋な笑顔が、錆びついた俺の心に容赦なく突き刺さった。
結局この日は、簡単な打ち合わせだけを済ませて解散となった。来週の模擬戦に向けて、これから一週間は各班で独自に準備をするように、とのことである。
正直、全く乗り気がしなかったが。
俺はと言えば、別れ際に井出先輩が妙な視線を寄越したことが、唯一気になっていた。
そしてそれは、気のせいではなかった。
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