第2話 退職してやったぜ

 マリオンと一緒に軍をやめた。直属の上司に言ったらきっと握りつぶされてしまうので、私たちは休みをあわせて王都にある本部の人事部に向かい手続きを済ませた。そしてそのまま辞めた。

 一応言っておくが合法である。辞めさせる側は猶予を与えないといけないけど、辞める側は今日言って今日辞められる。これは軍内でのパワハラが横行しすぎた結果できたルールだ。夜勤などのシフトもあるので他の仲間たちには申し訳ないけど、最前線での人員の急な変更や異動は日常茶飯事だ。きっとすぐに私たちのことは忘れるだろう。


 予定から大幅に貯金額は減ってしまった。だけどそれで慌てて働くほど切羽詰まっているわけではない。


「やー、これでやっと軍とはおさらばだね」

「うん。……なんか、変な感じ」


 ひとまず宿をとり、それぞれのベッドに腰かけて一息ついたところでマリオンはぼんやりした顔で窓のほうを見てそう言った。贅沢する必要もないので宿は同室だ。遠征して野宿する時は同じテントでくっついて寝ていた仲なので問題ないだろう。


「とりあえず、しばらくは宿でゆっくりしようね。生活リズムめちゃくちゃだし」

「でも、お金は?」

「大丈夫。慌てなくてもまだあるよ。私、勲章持ちですから」

「おー。さすが」


 なんてふざけているけど、実際、マリオンだって本当なら相当な額を稼いでいたはずなのだ。それを思うと複雑だけど国に文句を言っても仕方ない。他の孤児も同じ目にあっているだろうし多少は気にならないではないけれど、マリオンが気にしていない以上、孤児院に行ったことのない私が何を言っても偽善だろう。

 これからのことが大事だ。

 とはいえ、急だったので寮の片づけを済ませただけで、まだ実際にどこの田舎で過ごすか、それまでの金策をどうするかはノープランだ。まだしばらく二人で数年のんびりするくらいは全然余裕はあるけど、人生プランとしてはだいぶくるってしまった。


「しばらくのあとは、どうするの?」

「最終目標としては田舎でのんびりするっていうのは変えてないけど、マリオン的にはそれで大丈夫?」

「うん。ユーリと一緒ならどこでもいい」


 うーん、マリオンのことを面倒見る覚悟だったけど、こうしてあからさまに人生まるごと預けられるとさすがに重い。責任重大だ。

 まあ、とはいえマリオンはまだまだ心が弱っている状態だ。これから一緒に平和に暮らして、マリオンが日々笑顔で幸せを楽しめるようになって、そうすればマリオン自身がどうしたいか自然に考えるようになるだろう。

 深く考える必要はない。とりあえず私がやりたい平和なスローライフをするのが一番心にいいはずだ。なんせ私の心のためなのだから。


「じゃあ、日雇いの仕事をしながら田舎をまわって、良い感じのところを探す感じで。疲れがとれてやる気がでたら、傭兵に登録しようか」


 この世界は人類が支配しているわけではない。人類を脅かす魔物が存在する。それは人類と違って協力し合ったり国をつくっているわけではない。人類という単一種族と違い、魔物とひとくくりにしてはいるが膨大な種類がいて、そのどれもが魔法を使いただの獣とは一線を画す強さを持っている。世界には人類が立ち入ったこともない魔物たちの支配圏が多く、世界において人類がいるのがどれだけの割合なのかすらわからないほどだ。

 私たちがいた最前線基地はそんな魔物との生存競争の最前線だ。協力しあわないとは言ったが、それはあくまで別の種類の魔物との話だ。同じ魔物同士では小規模な家族から大きな群れまである。その中でも比較的大きなコミュニティを築き人間を食らう魔物の群生地に面し、魔物から国を守る国境線だ。毎日毎日、そいつらと戦ってきた。


 その向こうがどれだけ広くて、さらに向こうにどんな魔物がいるのか、それはわからない。人の生存圏内は比較的危険ではないけど、それはあくまで比較的だ。人間一人を殺せる魔物はいくらでもいる。各地にも軍はいて、それぞれ街や街道を守っている。それでも漏れはある。限界がある。その限界を守るのが傭兵だ。一般の人間が金で雇われて魔物と戦う。

 人間もやられてばかりではない。魔物を倒し、そいつらを食料にもするし、素材として武器や薬に活用だってする。それもまた傭兵の仕事だ。日雇いの肉体労働者。それが傭兵だ。


 縦に長いこの大陸でもっとも北にあるこの国より南には、ここ以上に大きな魔物の生息域はないと聞いている。南では傭兵で魔物退治を生業にしても軍人生活より大変ということはないだろう。それに傭兵は自分でどんな仕事を受けるか決めることができる。寝る間もないほど働くなんてこともないだろう。


「傭兵。聞いたことはある。何でも屋みたいなこともする、民間人がする軍の真似事」

「軍よりの知識。まあ、間違いってほどじゃないけど。組合に登録して、依頼を受けてって感じだね。組合は国ごとに運用しているけど、別の国に行っても同じようにある組合に行って試験を受けたら同じ感じでいけるらしいから、あちこち見て回るのにぴったりでしょ」

「はー。ユーリ、物知りだね」

「マリオンもこれからは軍関係以外のことも知っていけばいいよ」


 マリオンは軍に入れられてからはとにかく戦闘技術を主に教育されただろう。頭が悪いわけじゃない。基本的な知識はちゃんとはいっている。ただ知識が偏っているだけだ。かくいう私だって、もともとただの平民だしこの国からでたこともない。職業の経歴も軍だけ。知識豊富とは言えないだろう。何もかもこれからだ。これから学んでいけばいい。


「一緒にいろいろ知っていこうね」

「……うん」

「で、まずはきゅーけー。はぁ……とりあえず、夕食まで寝よっか」

「うん。おやすみ」

「おやすみー」


 ベッドに寝転がると睡魔がやってきたので、逆らわずにそのままお昼寝することにした。これぞスローライフ。

 何かあったら飛び起きないといけないとか、起きたら何時から勤務時間とか、逆算してあれこれしないととか、そう言ったことを何も気にせず眠るのはいつぶりだろうか。私はようやく軍人をやめたのだと実感しながら眠りについた。


 そして空腹に目を覚まし、夕飯を食べてお風呂にはいった。それほど高級宿ではないけど王都は各部屋にお風呂がついているので、ゆっくりできた。足を延ばしてじっくりと、時間を考えなくていい。軍にもお風呂はあるけど男女別じゃなくて早い時間に一時間だけ女用時間にされていた。それでもないなりに気を使っていたのだろうけど、ぎりぎりになると入ってこようとするやつもいて、面倒なので個室のシャワーで済ませることも多かった。

 やっぱじっくり湯舟につかるの最高すぎる。でもマリオンを待たせてしまった。髪はかわいてないけど拭きながらでる。


「マリオン、お待たせー」

「……うん」

「お風呂あいたけど、なにぼーっとしてるの?」

「うん……さっきね、鐘がなったでしょ」

「ああ、そうね。夜の鐘でしょ」

「うん……不思議だなって。あんな風にかんかんと、敵もいないのに鳴らすなんて」


 私達のいた場所では、鐘は敵襲の合図だ。朝晩などの勤務交代の時間を知らせる時も鐘はならさない。なぜならその音でこちらの情報を魔物に与える可能性があるからだ。大きな群れをつくるということはそれなりの知性があるからできることだ。魔物同士では意思疎通をしているそぶりもあるし、ただの獣と一緒になんてできない。敵国に面していると思って毎日息をひそめて生きている。

 基地の為につくられた、少し離れたところの街もそれは同じで、鐘をならすことはしない。それは安全面というより軍人への配慮だ。鐘がなると落ち着かないから。でもこれからは、私たちはこの時間を知らせる鐘の音になれないといけない。


「まだちょっとハッとしちゃうよね。警報ほどかんかん響くようには鳴らないけど」

「うん……でも、ここにはあいつらはいないんだね」

「そうだよ。もう考えなくていいんだ。忘れよう」

「……忘れたら、私、……ううん。お風呂、入る」

「うん。ゆっくりはいっていいからね」


 ぼんやりしたままマリオンはお風呂に向かった。私はずっとこうしてのんびりする時を望んでいた。だけどマリオンは私についてきただけで、心の準備なんて何もなかったからだろう。どこかまだ心がついてこれていないようだ。

 一瞬だけ、悪いことをしたかな。無理強いをしたかな。そんな気になってしまった。でもそんなわけない。あんな生活だったから、今のマリオンになっているんだ。望んだ環境ではなかったんだから。


 マリオンはゆっくりでいいと言ったのに、30分もたたずに出てきた。普段浴場を満足に利用できる時間は30分に満たない。その習慣が染みついているのだろう。明日は一緒に入ってみようかな。ちょっと狭いけどね。


「昼寝したからまだ眠くないよね。トランプでもしようか」

「……ん」


 マリオンはぼんやりしたまま、私が促すまま私のむかい、自分のベッドに腰かけた。すっかり日がおち、明かりはベッドとベッドの間のテーブルにあるランプひとつだけなので近づくまで気づかなかったけど、まだ髪が濡れている。


「マリオン、先に髪、拭くね」

「うん。ありがとう」


 マリオン側に移動して、タオルをつかって髪をふいていく。初めて会った時は少年と見まがうほどのベーリーショートだったけど、今では肩に届くくらいで誰が見てもかわいらしい少女だ。今まではこれ以上伸ばすのは難しかった。でもこれからは違う。


「マリオン、これからは前みたいに髪型の規定はないし、好きにできるんだよ。どんな髪型にしようか」

「ん……ユーリは?」

「私もまあ、伸ばそうかな」

「じゃあ、私も伸ばす」


 今までは毛先が揺れるような髪型は禁止されていた。戦闘面での危険もあるし、忙しい日々では長い髪の管理は難しく、冬は濡れた髪が乾かないのは危険でもある。北国と言うほどではないけど、冬は雪が積もる程度には寒いしね。


「マリオンは可愛いし、ツインテールとか似合いそう」

「じゃあ、そうする。ユーリは? おそろい?」

「私の年だときついかなー?」


 体格的にも大きいほうだしね。まあすぐ伸びないし髪型はおいおい、と言うことで。

 髪も乾いたのでトランプをする。あそこでは休日ですら外出できない日があらので、トランプやボードゲームが主な娯楽だった。娯楽室にたくさん置いてあったし、気兼ねなくつかえた。数少ないビリヤードなんかは取り合いだったよね。トランプは唯一持っている私物なので、今できる暇つぶしはこれくらいだ。

 そんなわけで私とユーリはよくトランプをはじめた。まずはいつも通りのなれた遊びもしたけど飽きもきたので、ユーリがしらないという遊びにも挑戦することにした。二人でできる遊びは色々あるからね。 


「はい、勝ちー」

「ん。もう一回。今のはまだ、ルールわかってなかった」

「おっけ。マリオンは意外と負けず嫌いだよね。そういうとこ可愛いよ」

「ん。負けるのは嫌い。負けたら、嫌なことしかないから」

「ん? そりゃあ、負けていいことなんてないけど」


 なんかちょっと重い話されてる? 私たちの職業上、負け=死だったけど、さすがにトランプにその概念は持ち込まなくていいでしょ。


「まあ、ほどほどに楽しもうよ」

「うん……ユーリと遊ぶのは楽しい」


 マリオンはにこっと笑ってそう言った。その表情は年齢相応で可愛らしい。


「うん。私も楽しい。じゃあ次ね」


 というわけであれこれ遊んでみたけど、日付が変わってもまだ眠気はこなかった。どうやら昼に寝たことで完全に体が夜勤モードになってしまったようだ。楽しんでいるはずなのに妙に気も張っていて、ちょっとした物音に二人して反応してしまう。


「うーん、このままじゃ体内時計戻らないし、強引にでも寝よっか」

「……うん」


 ベッドに入って明かりを消した。

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