ちょっと私が裏切られた話

紺狐

追憶


 せみの鳴きだし汗ばむ日々。画材の溢れたオンボロの部屋は、私と友達二人きりになる。

 会って三カ月。ただクラスが同じってだけで、不思議と変に、話が弾んだ。

 誰にだってあると思う。そういう、ぼんやりとした絆。

 それでも、




――やっぱり、世の中は残酷だ――




ねぇ誰にも言わないでよ。

「もちろん」

 私ね……、佑くんが好きなの。

「……えっマジで」

 そんなに驚いた顔しないでよ、もうっ。

「いや、なんだか、意外だなって。ほら、運動部じゃん」

 意外? 私、確かにずっと美術室で絵描いてるような子だけど、だからスポーツやってる子を好きになっちゃいけないなんてことはないでしょ。佑くんとね、小学校一緒なんだけどね、ホントにたまにしか話さないけど、話した内容全部忘れないでいてくれるの。こんな冴えない私でも、……ちょっと笑わないで!

「いやごめんって」

 悪い⁉

「いいじゃん、ガチ恋じゃん。アツいねえ」

 美術室もねっ!

「なーにつまんないこと言ってんの。エアコンつける?」

 あぁ、お願い。ーあーもう、頭がのぼせそう。体育祭とかで進展したらいいなぁ……。

「じゃ、私そろそろ帰るね。……いいね、青春してて」

 青春、か。そうかもしれない。そうかもしれないね。こんな私でも、一緒に帰ったりとか、誰かを好きになったりとかできるのかな。

「できるでしょ。知らんけど。まぁ私は応援してるから」




 ねぇ、それ、よく言えたよね。

 よくそんなこと言えたよね。



――嘘つき――



 寒いし、ストーブ付ける? 手先かじかんで全然描けない。

「任せる―。私はどっちでも」

 あぁじゃぁ付ける。……手、つなげるから?

「え」

 いつから付き合ってたの。

「なんのこと」

 私見たんだ。水曜日に、佑くんと二人で手繋いで帰ってるところ。三丁目の公園で。

「……で」

 いつから?

「体育祭の時にちょっとお話しただけよ」

 抜け駆けしたってことね。

「え? ひどいなぁ、別に告白するとか言ってなかったくせに」

 私の気持ち、知った上で言う?

「……それはっ、こっちが、言いたいよ! 廊下ですれ違っただけで恋に落ちて、頭から切り離したくても離れられなくてっ! そこにあなたみたいにすらっとした、自分よりもずっとずっと相手のこと詳しい人が現れた、身にもなってみてよ!」

 どっちにしろ、私の方が好きなことには変わらないから。

「ねぇ。あんたのことなんか、気にも留めてなかったよ。下の名前間違えてたし」

 ……嘘だ。

「ホント」

 でも、小学校一緒だったんだから、

「その幻想、いい加減やめたら。結局は私のものなんだから」

 とりあえず、パレットあなたに投げてもいい? 今アクリル使ってるから、そう簡単には落ちないよ。

「物投げてくるお友達がいるって、佑に紹介しようか?」


 


 どうしたって、その言葉は私に対して「屈辱」の二文字を脳に火傷させにきていた。殺意を越えた何かが私を貫いて、それでも、臆病な私にできたのは、細筆でめちゃくちゃに顔を塗ることだけだった。

 それ以来、ずっと冬は嫌い。あの寒さが、妙に自分の臆病を責める気がするから。


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ちょっと私が裏切られた話 紺狐 @kobinata_kon

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