第2話

 紗香と恋人同士になったのは高校二年の夏だった。

 同じ中学校に通っていたが、中学ではほとんど話すことはなく、顔見知り程度だった。しかし、高校一年生の時にクラスが同じになって、よく話すようになった。


 進学先の高校では、同じ中学の生徒がほとんどいなかったため自分の拠り所として紗香と仲良くなったのだ。おそらく、彼女も同じ考えだったのだろう。

 拠り所として作った場所はいつの間にか掛け替えのない場所へと変わっていた。


 恋人となった俺たちは必死に勉強して、同じ有名大学に通うこととなった。

 大学のオリエンテーション後のサークル紹介。そこで神代 恭芽と出会った。

 神代は穏やかで気の利く優しい人というのが第一印象だった。そして、それは彼の所属するサークルに入っても揺らぐことはなかった。


 気の利くばかりか面倒見のいい彼とはよく飲みに行った。そこには紗香はもちろんのこと、他の後輩たちもいた。飲みの席での神代もまた魅力的なものだった。食事中の話題提供、会話が少ない人のフォロー、全員の飯代の肩代わりなどを行ってくれた。


 だから女子はもちろんのこと男子にも人気があったのだ。

 本当はこの時に疑問に思うべきだっただろう。どうして神代は何十人といる後輩の飯代を肩代わりできるほどのお金を持っていたのかと。


 不審に思ったのは大学に入ってから半年が過ぎた時だ。

 恋人になった時は毎日のようにやりとりをしていた紗香との連絡が日に日に減っていったのだ。大学にいる時はよく話すのだが、離れている時のやりとりは数少なくなっていた。


 それだけじゃない。やりとりの数に反比例するように大学での紗香の様子に変化が起こっていた。身なりにあまり気を遣っていなかった彼女が本格的に化粧を始め、大人の女性のように色っぽくなっていったのだ。


 きっと彼女は俺以外の誰かに恋をしている。そう気づいたものの彼女に聞く勇気はなかった。聞いてしまったら最後、俺たちは別れる運命になると思ったからだ。別れるくらいならば、このまま黙っておいたほうがいいと思った。


 何も言わずに三ヶ月が経ったある日、事件は起こった。

 紗香が行方不明になったのだ。大学に来ず、連絡しても返事はなかった。数時間おきに送ったメッセージも一向に既読のつく気配はなかった。


 一週間が過ぎ、紗香の居場所を教えてくれたのは警察だった。

 紗香は大学近くの緑地で死体となって埋められていたらしい。それを聞かされた俺はまるで生力を全て吸い取られたかのように全身が脱力するのを感じた。

 

 そんな俺に警察は更なる事実を突きつけた。胸ポケットから写真を一枚取り出すと「この男について知っているか?」と俺に問いかけた。その写真に写っていたのが神代だった。聞くところによると、神代はサークルの女子を雇って風俗を経営していたらしい。


 神代がなぜ何十人もいる後輩の飲み代を全て負担していたのか、なぜ後輩相手に面倒見が良かったのか、警察からの説明で全て理解することができた。

 紗香もまた被害に遭った女性の一人だったようだ。色っぽくなった理由は風俗嬢として働くためだったのだろう。


 警察からさらに説明を聞くと、紗香が行方不明になった前日は彼女の出勤日だったらしい。その出勤日の時に同じ店で働いていた風俗嬢が神代と紗香が喧嘩している姿を目撃していた。このことから喧嘩中に神代が誤って紗香を殺してしまい、死体遺棄のために森に埋めたと推測しているとのことだった。


 神代は今もなお逃走中とのこと。


 事情聴取が終わったその日から俺はまるで夢でも見ているかのように意識半分で生活を送っていた。交番の張り紙を見ると、神代は指名手配犯として掲載されていた。

 俺はまるで呪われたかのように毎日のようにその張り紙を見ていた。神代の逮捕が一日でも早く知れることを心から願っていたのだろう。


 紀章に声をかけられたのは、その張り紙を見続けて十日が経った頃だ。いつものように張り紙を見ていると紀章に声をかけられ、個室のある飲み屋で『混沌バイト』について聞かされた。その際にスマホの通話機能で首謀者とも話をした。通話越しに聞こえる首謀者の声はボイスチェンジされていた。


 首謀者と紀章の話を聞き、俺は即決でやることを決めた。これは運命だと俺の心が訴えていたのだ。一日でも早く神代を捕まえるために俺自身が全力を尽くして奴を探し出す。そのためなら悪魔に魂を売っても構わなかった。


 そして、いつからか俺の中で神代は『捕まえる対象』から『殺す対象』に変わっていた。


 ****


 ここに入ってから三年の月日が過ぎた。

 それだけの長い年月が経っても、神代を見つけることはできていない。

 今日もいつものように、目の前の複数の画面を見ながら指名手配犯の情報を得ていた。


 三年の長い年月で、俺の指名手配犯の検出は三十件にも及んだ。それだけの数、指名手配犯を見つけても、お目当ての神代は出てこない。

 画面の情報を追っていると不意にメッセージアプリから通知が送られてきた。


 宛先は紀章からだった。彼が送ったメッセージの冒頭に瞳を奪われるとすぐにチャットを開き、メッセージの内容を確認する。


『神代 恭芽の居場所を特定した。以下に情報を掲示する』


 自然に頬は緩んでいった。

 心臓の鼓動は徐々に早くなっていく。

 神代とようやく会えることに血が騒ぐのを感じた。 

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