【短編】混沌バイト

結城 刹那

第1話

「飯島 良樹(いいじま よしき)の住所を特定しました。関連情報をお送りします」


 エンターキーを押し、情報を指示役へと送信する。これで俺の役目は終わり。あとは指示役が募ったアナログ情報収集員が飯島 良樹をリアルに追跡、情報を警察にリークすることで彼の身柄を確保してくれるだろう。


 ひと仕事を終え、腕を上げて背筋を伸ばす。関節にできた気泡が割れ、音がポキポキと鳴るのは俺にとっては快感だった。

 時計を見るとお昼の時間になっていた。調査を始めたのは九時頃。俺は約三時間もの長い間、休むことなく画面に集中していたらしい。


 昼食でも食べようと、席を立ち、自室を後にする。

 俺は『混沌バイト』と呼ばれるバイトのデジタル情報収集員として活躍している。

 その昔、闇バイトと呼ばれるワードが世間を騒がせた。


 借金や解雇などで、お金に困っている人を対象にSNSのDMを通じて勧誘。成功すれば、諸外国のメッセージアプリを使って連絡。個人情報を教えてもらった後にバイト内容の説明を行っていく。最初はスマホ貸し出し、口座の開設と簡単な仕事から始まり、回を重ねるごとに受け子や出し子、挙げ句の果てには強盗をさせられると言ったものだ。


 俺のやっている『混沌バイト』も一部を除いてはほぼ同じことを行っている。

 まず、お金に困っている人を対象にSNSのDMを通じて勧誘。成功すれば、諸外国のメッセージアプリを通じて、その人の個人情報を教えてもらった後にバイト内容の説明をする。最初はスマホの貸し出しから始まる。


 ここまでは闇バイトと何ら変わらない。しかし、ここからが全く違う。

 貸し出されたスマホに対してバイト専用アプリをインストールした後、スマートグラスと一緒に返す。そして、『指名手配犯のいる家に偽の訪問販売員として対面させる』のだ。


 俺たちの組織は指名手配犯の居場所を特定し、それを警察にリークすることで報酬を獲得。その報酬の一部をバイトに配ることで運営している組織なのだ。

 蛇を禁ずるに邪を以てす。それが俺たちの組織の理念である。それ故に世間からは悪なのか正義なのか判断のつかない『混沌バイト』と呼ばれている。


 自室を出て、エレベーターに乗ると地下二階のボタンを押す。ほどなくして、地下二階に着くと食堂へと足を運んだ。食堂にいる人の数は指で数えられる限りで、自分の足音が聞こえるほど部屋は閑散としていた。


 パネル式自販機で唐揚げ定食を注文する。スマホで決済をすると番号の書かれた領収書が発行される。台所では料理人紛いの機械が絶え間なく働き、次々にお盆に料理を載せる。受け口で待つと少し経って唐揚げ定食がやってきた。お盆を持ってテーブルへと歩いていく。


「おーい、育人」


 どこに座ろうかと席を探していると向こうから見知った声が聞こえてくる。

 見ると笑みを垂れる好青年がこちらへと手を振っていた。紺色のジャケットに黒のジーンズと清楚な服を着飾っている。髪はワックスでアップバングにコーティングしている。


 善院 紀章(ぜんいん きしょう)。俺をこの混沌バイトに勧誘してくれた人物だ。

 紀章に呼ばれ、俺は足先を変えて彼の方へと赴いた。


「お疲れ、調子はどうだ?」

「さっき飯島 良樹の住所を特定し、指示役に情報を送ったよ」

「報酬300万の大物じゃないか。大健闘だな」


 紀章に向かい合うようにして座ると、両手を合わせた後に箸をとる。

 俺たちが行っているのは混沌バイトの中でも特殊な部類に入る。情報技術を使い、指名手配犯の居場所を突き止めるのが俺たちの仕事だ。


 街や店の監視カメラの情報を取得し、指名手配犯の情報が記された資料に則って捜索を行なっていく。犯人の容姿、容貌はもちろんのこと歩き方や立ち振る舞いと言った個人によって微量に異なる行動特徴にも注目して捜索を行う。


 犯人らしきものがヒットすれば、その周辺の監視カメラに集中して捜索を行い、彼の行動から住まいを複数箇所候補としてあげる。あとは別のアナログ情報収集員に実際に赴いてもらい、指名手配犯の場所を完全に特定してもらう。


 俺の場合は、監視カメラに映った犯人の映像を元に彼の持つGPSを抽出し、居場所を特定しているのだ。日時における彼のいる座標を使って、GPSを抽出している。

 俺たちの役所は報酬の40%をもらうことができる。今回の件では120万円が懐に入るというわけだ。


「何だか不服そうだな」


 ゆっくり味わって食べていると、前にいる紀章が穏やかな表情で俺の顔を見た。彼は何だか哀れみを浮かべた様子で俺の瞳を覗いていた。


「そう見えるか……」

「ああ。せっかくの大物を捕まえたのに、全くもって喜んでいない様子だ」

「仕方がないさ。あくまで俺が探している指名手配犯は一人なのだからな。それ以外の連中は眼中にないのさ」


「まったく、お前はブレないな。大金に目を眩ませて、当初の目的を忘れるかと思ったんだけど、その様子を見る限り、お金もまた眼中にはないみたいだね」

「当たり前だ。120万なんて、その気になればすぐ稼げる」

「ひゅー、育人は強気だね。大口とは思えないところがすごいよ。んじゃ、俺は仕事に戻るよ。120万が眼中にないなら、今度いっぱい奢ってくれよ」

「わかった」


 紀章は去り、再び閑散とした空気に包み込まれる。対話しながら食べるご飯も美味しいが、一人で食べるご飯も悪くはない。味に集中できるのがいいところだ。


 俺がこの組織に入ったのは、他のバイトたちとは異なる。彼らは金に目を眩ませているが、俺は指名手配犯そのものに目を眩ませているのだ。

 

 神代 恭芽(かみしろ きょうが)。俺の恋人、成海 紗香(なるみ さやか)を殺した彼を探すために、俺は非道な組織に加担をしている。

 神代をこの世に生かしておくわけにはいかない。やつが紗香にしたことを今度は俺がやつにする。


 そういう意味では俺ほど『蛇を禁ずるに邪を以てす』という理念に強く共感できる人間はいないだろう。

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