第12話 近代ヨーロッパその1
『良い腕の職人がいる』
未来世界で聞いた昴くんのその言葉を、私はもう疑いすらしなかった。
それくらい、彼のことを信頼しきっている。
「どういう世界なの?」
「根幹世界の近代ヨーロッパ、日本だと明治時代くらいかな? 具体的にはヴェネツィアだね」
ヨーロッパ!!
もはやその単語だけで憧れを持ってしまうくらいには夢のある場所だ。
かくいう私も生前は何度か旅行でヨーロッパの国々を巡っている。
だから、その国々の過去の姿を見ることができるのは楽しみで仕方ない!
「でも、まだ魔女狩り真っ最中の時代だから、万が一黒江ちゃんの身に何かあったらと思うと、あまり好んで行きたくはないんだけどね」
そ、そうだった……。憧ればかり先行してたけど、現実は激しい弾圧のある時代だったんだった……。
「で、でも! どの時代でも危ないのは変わりないんだし、それを承知でついてきているんだから大丈夫だよ! それに、いざという時は素敵な旦那様が助けてくれるって期待してるから!」
「むふふ」
昴くんがにやけながら私の顔を覗いてくる。
「黒江ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
「私だって、昴くんのこと信用してきたってことだよ」
「なんか少しずつだけどさ、ちゃんと夫婦になってきてるんだなって感じるよ」
昴くんのにやけ顔を見ながら、世界樹の幹に向かって泳いでいった。
◇ ◇ ◇
光る輪っかから出ると、そこには木造の長屋があった。
「そうだった……。ヨーロッパって浮かれていたけど、日本から行かなきゃいけないんだったね……」
「そりゃそうだよ」
当然だと言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
いや、確かに私が忘れていただけなんだけどさ……。
「ちなみに今は明治二十年だって、その辺り歩いてた人に聞いてみたよ。西暦だと一八八七年かな? 僕が前に来た時から数ヶ月しか経ってないみたいだ。この年代は日朝修好条規が結ばれているから朝鮮なら割りと簡単に海外渡航ができるはずだよ」
「え、朝鮮ってことは……」
「うん、そこからは徒歩だね」
マジかぁ……。結局徒歩かぁ……。
◇ ◇ ◇
歩くこと約一年弱。多分十ヶ月くらいは歩いただろうか……。
「何度歩いても中東あたりは砂漠ばかりで何もないから、少し退屈だねぇ」
「私も多少時間間隔が狂ってきてるけど、流石にまだ歩いている時間の流れは辛いよぉ……」
昴くんと一緒に歩く時間は楽しくなってきたけど、当然ながら危険も生じる。
幽霊の身体とは言っても物理的に死んでしまうような出来事があれば死んでしまう。
正確に言えば『自分が死んだと思うような出来事を自覚したら死ぬ』らしい。
精神が死んだと認識したら精神も死んでしまう、だから精神的に辛くて死ぬこともあれば、物理的に死んだと思うような出来事を死んだと認識しても死んでしまう。
例えば、本当なら助かる高さから落ちたとしても、自らが『死んだ』と思ったら死んでしまう。
幽霊――つまり精神だけの存在というのは気の持ちようで強くもあれば弱くもある、便利なようで不便な存在だ。
「ヴェネツィアに到着したのはいいけど、お店はどこにあるの?」
「えっとね……。ヴェローチェっていう宝石店なんだけど、たしか――」
案内されるがまま数十分歩くと、そこには小さく古めかしい宝石店があった。看板には『ヴェローチェ』という名前が書いてあった。
「あった、ここ、ここ」
「結構老舗なんだね」
「他の並行世界にも存在するくらいだから、きっと世界という存在の中でも重要な店なんだろうね。結構別の世界に行くと存在しない店や建物が多いけど、この店は割りとどの並行世界にもあるんだ」
「へぇー。そっか、当たり前だけどちょっとした出来事で店自体が存在しなくなることなんていくらでもあるもんね」
「それでもここは消えないってことは、きっとそれだけ古くから意味があって存在するんだと思うんだ」
古くから意味があって必ず存在するものか……。
例えば、公家の御用達のお店だったりとか、そういうのは消えないのかな……?
あるいは誰もが知るような自動車メーカーとかゲーム機のメーカーとか、古くからある老舗の大企業には思い当たる節がある。
何となくだけど、そういう企業は根幹世界だったらどの世界にも存在してそうな気がする。
「こんにちはー」
昴くんがお店の中に入っていく。
まるで常連のような立ちふるまいだ。
「いらっしゃいませ」
店内には沢山の宝飾類が並んでいる。
どれも小粒の宝石が多く、どちらかと言えば庶民向けの宝石店といった印象を受けた。
しかし、宝石店で働いていた私にはわかる。どれもとんでもなく精密な技術で作られた品物ばかりだ。
職人が全て手作りしているから細かいとかそういったレベルではない。
私のいた世界の機械技術をもってしても、ここまで細かい装飾を施すことは不可能だろう。
ロストテクノロジーというべきか、異常なレベルの職人がいるのだろう。
短い金髪の青年がカウンターの向こう側からこちらを見て微笑んでいる。
微笑んではいるけれども、どこか怖い顔つきで威圧感がある。
「オロさんはいますか? 以前、オロさんの作られた宝飾品に感銘を受けたんです。是非彼に私達の結婚指輪を作ってもらいたくて、はるばる日本から参った次第なんですが」
「そうでしたか、大変ありがたいお話ですが、只今オロは不在にしておりまして……」
申し訳無さそうな顔をする店員。ここの装飾品はこの人が作ったんだろうか……?
それとも、昴くんのいうオロさんという方なのかな?
「いつごろお戻りですか? それまで待とうかと思うのですが」
「申し上げにくいのですが、遠方へ出かけておりまして恐らく一ヶ月は戻らないかと」
「うーん、一ヶ月かぁ。別に待ってもいいけど……。どうする? 黒江ちゃん?」
「正直なことを言うと、元宝石店で働いていた人間としては、この店に並んでいる指輪とかネックレスとか、それを作るところを見てみたいから、待ってもいいなら待ちたいけど……」
「じゃあ、待つことにしようかな。店員さん、また一ヶ月後くらいに来るからよろしくー」
一礼をして店を出ようとすると、慌てたように店員さんが私と昴くんに声をかけてきた。
「あ、お待ちください! いま店に並んでいる商品はオロではなく、私の姉のステラが作ったものも多数ございますので!」
「え? そうなの?」
店員さんが慌てて店の奥に行くと、遠くで声が聞こえてきた。
「ステラ姉! 起きろバカ!! お客様がステラ姉に製作依頼だぞ!!」
「えぇ……今日の店番はカルロなんだから、カルロが作ってよ……」
「バッカ! 俺はオロ兄やステラ姉みたいに上手く作れねぇんだよ!!」
「ワタシまだ眠いのに……。仕方ないなぁ……」
恐らく寝ていたであろうお姉さんを起こす声が聞こえてくる。
なんというか、少し怖い印象があった店員さんだったけれど、一気に親近感が湧いてきてしまった。
何にせよ、お姉さんが店にある装飾品を作っているとしたら、神業級の技術の持ち主だ。
きっと凄い人に違いない……。
そして、店の奥から姿を現したのは、目を擦る寝巻き姿の小学生のような女の子だった。
「ステラ=ヴェローチェです。よろしくお願いします……。ねむい……」
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