第11話 未来世界その3

「ここがクシーナガラ第十五区だって、僕も初めて来たんだけどね」


 辺りを見渡すと綺麗に整備された工場群があった。


 見た目は現代と大きく違わない。

 ただ、デザイン性はなく、コンクリートのような色で四角い打ちっぱなしの効率重視の外装だ。


「どうやら第十五区は工場区画のようだね、区一つで宇宙空間に単独のコロニーとして存在しているんだ。さしずめ、僕らがさっき乗ってきた乗り物は通勤電車というところかな」


「コロニーって宇宙ステーションみたいなやつだよね、すごいなぁ」


「そして、色んな星で採れた鉱物資源をここで処理して、兵器なんかに利用しているみたいだね」


 規模感が大きいから難しく感じるけど、農園で採れた野菜を加工工場で商品にして出荷していると考えたら、ここは単なる加工工場というわけだ。

 一気にスケール感が下がってしまう。


「僕がこの世界にいた時は宝石の装飾品として価値は無くて、あくまで部品としての価値しかなかったんだ。存在するのは戦うための機械しかいない。当たり前だよね」


「それはそうかもしれないけど、ちょっと悲しいね」


「ダイヤモンドなんかは硬度が高いからパーツとして用いられることもあったけど、天然のダイヤは品質がバラバラだし加工も面倒だから使いづらくて、結局は人工ダイヤモンドを用いるのが一般的だったんだ。だから天然のダイヤモンドはゴミなんだよね」


「ダイヤモンドがゴミ……」


 江戸時代にはマグロは赤身だけが食べられていて、トロは捨てられていたなんて話をきいたことがあるけど、それと似たようなものなのだろうか……。


◇ ◇ ◇


 警邏四万型さんに教えて貰った場所へ向かうと、そこには錆だらけの工場があった。

 建物が錆びているわけではなく、錆が壁に付いているといった方が正しいだろうか。

 効率的に考えたら景観なんて誰も気にしない、掃除をする必要もないと考えたら、確かにそうなのかも知れない。


「すみませーん! 誰かいますかー!?」


 建物の中に入ると受付も何もなく、いきなり大型機械が動いている空間が姿を現した。

 岩のようなものを上から投入し、下から砕石したであろう砂が落ちてきて、中間のコンベアからは何か少し光るものが運ばれていっている。

 きっと鉄なんかの素材なのだろう。


『お呼びでしょうか?』


 背後から半透明の人型の女性が姿を現した。


「きゃっ」


 驚いて思わず昴くんの肩を掴んでしまった。


「幻体アンドロイドか、工場にしては贅沢だね。頼み事は大したことじゃない、不要で捨ててしまうような天然ダイヤモンドがあったら譲って欲しいんだ」


『了承、当工場第七区画に廃棄所が存在します。そちらからお好きなものをお持ちください』


「ありがとう、助かるよ」


 昴くんが手をひらひらと振って別れを告げる。


「昴くん、絵を描いたときもだけど、みんな不思議なくらいすんなり了承してくれるんだけどなんでなの……?」


「基本的にみんなロボットみたいな存在だからね、悪意を持った行動ができないように設計されているから、必要だと言われれば提供するし、誰かが欲しいと思うようなものでも問答無用で捨てる。それが彼らなんだ」


 極限まで効率化された世界っていうのは少し物寂しいものを感じる。

 それが人間がいないからというわけではないんだけど、やっぱり人間味というものが欲しくなってしまう。


◇ ◇ ◇


 言われるがまま第七区画というところに行くと、薄暗いだけでなく、物凄く粉っぽくて、目を細めて思わず咳き込んでしまった。


「黒江ちゃん、僕らは幽霊なんだからこういう粉っぽさも、意識しなければ咳き込むこともないよ」


「そ、そんなこと言われてもぉ……」


 幽霊の身体って便利なことが多いけど、根性論みたいなことが多い気がする……。


「うーん……」


 昴くんが山積みになった鉱石の山を見て唸っている。


「これ、アレだなぁ。ダイヤモンドが捨てられているというより、炭素を含んだ鉱石の山っていう感じかもしれない……」


 そっか! ダイヤモンドって炭素だから黒鉛とか他の鉱石と同じ扱いで捨てられているのか。

 それなら――


「す、昴くん! ここは私に任せてくれないかな!?」


「え、うん。黒江ちゃんが良いなら。でも、どうして?」


「わ、私ね! これでも宝石を扱う企業の営業職だったんだ! でも、百貨店への卸売りやイベントなんかの企画も下手でダメダメだったんだけど……。ほ、宝石なら見慣れているつもりだから!」


 驚いた顔をしていた昴くんだったけど、安心したような笑みを浮かべて私の肩をポンポンと二度叩いてきた。


「うちの奥さんは頼りになるなぁ」


 そう言って私の三歩後ろに下がってあぐらをかいてストンと座った。


 今日は私がやるんだ……!


 そう思って私は山ほどある鉱石の山を漁り始めた。


◇ ◇ ◇


 この世界には昼夜がないようでどれだけ時間が経っても日が暮れることはなかった。

 そもそもコロニーだと言っていたから太陽じゃなくて人工太陽なんだろう。

 いや、最大効率で動いているなら人工太陽すら必要ないのでは……?

 何のために人工太陽があるんだろう……。きっと必要な理由があるんだろうな……。


 そんなくだらないことを考えながら必死に鉱石を漁っていた。

 殆どの鉱石が黒鉛――正しく言えばグラファイトばかりだ。

 

 幽霊と言っても物理的に物を触ることはできる。

 だから、いま私の手は真っ黒になっている。


 でも、私が探さなきゃ、結婚指輪を作るんだから……!



「――あった」



 私が手にした鉱石には確かにダイヤモンドが混じっていた。

 多分、素人にはわからないし、大きさも一カラットもないような小さいものだ。


「あったよ! 昴くん!!」


 私が大きな声を出して振り返ると、そこには絵を描いている昴くんの姿があった。

 集中していて全く気が付かなかった。


「あ、バレちゃった」


 ちょっと照れた顔をしたかと思うと、すぐにキャンバスで顔を隠されてしまった。


「なんで隠すの!?」


「いや、だって、黒江ちゃんがカッコ良かったから……。見惚れちゃってて……」


「べ、別にカッコ良くなんかないよ! 手も顔も煤まみれだし」


「そうやって頑張ってる姿が素敵だし、カッコいいんだよ……」


 キャンバスが喋っている。


「絵は描けたの?」


「一応……」


 私がキャンバスを覗き込むと、そこには薄暗く山積みにされた鉱石を漁る私ではなく、ダイヤモンドのような光彩に溢れた明るい空間に、笑顔で振り向く私の姿が描かれていた。


「捏造は良くないなぁ」


「僕にはこう見えていたんだよ」


 二人して顔を見合って笑いあい、ひとしきり笑うと昴くんが口火をきった。


「ダイヤモンドが手に入ったなら、いい店があるんだ今度はその世界に行こう」


「うん、早く作りたいね、結婚指輪」


 昴くんが案内し、私が探し出したダイヤモンド。


 これが夫婦の絆となる指輪になるんだ、一生ものの……。


 ――ん? 死んでる場合って一生っていう表現でいいのかな?

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