第1話 走馬灯
そうだ、あの日は暑い夏の夜だった。
「あの……
日付が変わるかどうかという時間に帰宅した私は、ごちゃごちゃとお弁当の容器や空いたペットボトルが散らかった部屋を見て更に気が重くなった。
不思議とコンビニ弁当が二つ入ったエコバッグもズシリと重く感じる。
私が日々少しずつ散らかしていって、片付ける時間も余裕もないから自業自得ではあるのだけど……。
昴くんは灰色のスウェットを着て、あぐらをかいてテレビを見ていた。
これも私が買い与えた寝間着用の服だ……。
「今度は東北の方に旅行に行ってきてさ、すごく良かったよ。歩いていっても良かったんだけど、
昴くんは子供のような満面の笑みを浮かべて、大きなキャンバスをいくつも持っている。
ねぶた
「いや……。でも、私は仕事があるから……」
「うーん、やっぱりそうだよねぇ。僕も黒江ちゃんのために頑張らなきゃいけないなぁ」
立ち上がって伸びをする昴くんは、まるで今起床したばかりの
「頑張るって、働いてくれるの!?」
「いや、僕は世のため人のためじゃなくて、黒江ちゃんのために頑張るっていうだけだからね。そろそろ準備を進めなきゃって思ってね」
「別って?」
「まだ
そう言いながら私の肩をポンポンと叩いて外へ出かけて行ってしまった。
多分、私が着替えるから出て行ってくれたのだと思う。
この部屋は元々私が一人で住むために借りた
それもこれも、一ヶ月前に私の家の近くの
親切心で一晩泊めるつもりが、気がついたらもう一ヶ月以上も部屋に置いてしまっている。いわゆるヒモ状態だ。流石にこれは良くないとは思っている。
でも、身元がわかるものすら持っていない彼をこの部屋から追い出すことは、死ねと言っているのと同然だと思うと、出て行ってくれだなんてとても言えない。
かと言って、お金を渡すとふらりと数日いなくなり、上半身くらいある大きなキャンバスに物凄く
彼の目的が何なのかよくわからないけど、彼が私に
――あれ? 渡したお金が使い込まれているから、害があるのかな?
そして、結局彼に押されるがまま、私は会社で
それが夕陽の見える崖の上だった。
あの夕陽は本当に美しかった。
………………
…………
……
気がつくと私は一面に広がる光の中にいた。
眼の前には大きな樹のようなものがある。
物凄く大きいのに根から
確か、昴くんに崖から突き落とされて――
ここは天国……?
さっきまで見ていた昴くんとの出会いは
「おーい、黒江ちゃーん。無事に死ねたんだねぇ」
少し離れた場所から昴くんと思われる人影がこちらに向かって泳いでくるのが見えた。
この空間、歩くこともできれば泳ぐことも出来るようだ。
かと言って私はうまく動くことが出来ずあたふたしていると、昴くんが私のもとまで来てくれた。
「まだ慣れていないんだから無理に動こうとしたら危ないよ、黒江ちゃん」
「昴くん、ここって……? 天国……?」
「当たらずとも遠からずって感じかな。ここはね、世界そのものなんだ。僕は『
「並行世界……。根幹世界……?」
「驚くのも無理ないよね、それで枝葉の遠くに行くほど全く違う世界になるんだ。漫画にあるような異世界みたいな世界もあるんだよ」
「あ、いや、驚いているのはそういうことじゃなくて……。並行世界が
「僕はいつだって嘘はついてないよ?」
「うん、そうだね……。勝手に私が信じてなかっただけだった」
そうだ、確かに昴くんは嘘をついたことはない。
「僕はさ、これまで色んな並行世界を回って、いろんな風景を描いてきたんだ。でもちょっと色々あって疲れちゃってね。それで黒江ちゃんのいた世界で休んでいたところを、黒江ちゃんに助けてもらったんだ」
昴くんが私の足を持ち上げ、いわゆるお
重くないか不安だったけど、この空間のことだから無重力みたいなものなんだと思う。
「黒江ちゃんと過ごしたおかげで心が休まって生き返ったよ、肉体は死んでるんだけどね。でも、精神まで死んだら本当の死を
昴くんが私の顔の近くで微笑む。
「だから、今度は疲れてる黒江ちゃんを僕が
「癒やす?」
「言ったでしょ、
「あの話、本当だったの!?」
「僕は嘘なんてつかないよ。これから色んな並行世界を巡って、その世界の
ついさっきまでただのヒモ男だと思っていた人から、こんな
それでも昴くんが私で精神を癒やされたというのなら、私も彼に癒やされてもいいかなって、そんな風に思えた。
「あ、ようやくちょっと笑ってくれた」
いつの間にか
「それじゃあ、まずは僕の生まれた世界に行こうかな? 割りと枝葉の世界でね、魔法とかあるんだ」
「魔法!?」
「そうだよ、そもそも僕も魔法が使えるしね。それに名前もホントは
「そうなの!?」
「僕は嘘なんてつかないよ」
そうだった、彼は嘘なんてつかないんだった。
これから一体どれくらい彼の本当のことに驚かされるんだろうか……。
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