強制必修科目:恋愛もよう

ちびまるフォイ

恋愛試験はイージモード

「ではテストを始める。

 わかってると思うが赤点とったら追試だからな」


クラスメート全員が本気の目に切り替わる。


「テストはじめ!」


テストの問題用紙をひっくり返した。

そこには国語数学理科社会あらゆる科目に関わらない問題がつづられていた。



【問1】

 3年2組の佐藤さんは、1年生のころから好きな人がいます。

 それは誰ですか?


 ・

 ・

 ・


中間テストの採点が終わると、職員室には山田だけが呼び出された。


「山田、なんでお前が呼び出されたかわかるか」


「わかりません」


「お前の中間テストが赤点だったからだ!

 お前だけだぞ! どうして赤点なんか取るんだ!

 こっちは他の先生から笑われたぞ!」


「でも先生! 問題がすべて恋愛だけじゃないですか!

 誰と誰が付き合ってるとか!

 そんなの受験となんの関係があるんですか!」


「ばかやろーー!」


先生の熱い指導が入った。


「いいか、社会人になったら受験科目なんて役に立たない!

 本当に役に立つものはなにかわかるか!?」


「わかりません! なぜ今先生がズボンを下ろしたかもわかりません!!」


「それは、観・察・眼だ!! 山田!!」


「ええ!?」


「周囲の状況や、人間関係を見極めて

 次にどうなるかを予想して立ち回る。

 それこそが社会人になって最も求められるスキル!!!」


「それがあの恋愛中間テストとなんの関係が!?」


「ばかやろーー!」


ふたたび先生の熱い指導が入る。


「他人の恋愛を見極めるがあってこその観察眼。

 周囲の恋愛模様すら把握できないお前は、

 将来どうなるか考えてみろ!」


「どうなるんですか!?」


「一生、お弁当にパセリを添えるだけの仕事だ!!」


「それも大事な仕事です!」


「ばかやろーー!」


みたび先生の熱い指導が入る。

これに関しては生徒に言い負かされた悔しさのはけ口でしかない。


「いいか、お前が恋愛テストの追試を合格しないかぎり

 一生卒業できないからな!!」


「そんな! 僕が女子だったなら、一生女子高生という

 ゴールデンパスをものにできたのに……っ!」


「いいから追試だ!!」


クラスでもぴかいちの朴念仁の恋愛弱者である山田は、

先生の熱い追試ラッシュを経てもまるで成績が上がらなかった。


これには先生も頭の血管が浮き出るほどに顔を真赤にした。


「なんで! なんで成績が上がらないんだ山田!!」


「逆に、なんで誰が誰を好きとかわかるんですか。

 先生は僕に学校の生徒全員を盗聴しろっていうんですか」


「それとなくわかるだろう!?

 なんか、こう、親しげなやりとりとか!!」


「それがわからないんですよ。エスパーじゃあるまいし」


「なんでこう人の細かい感情の揺れ動きがわからないかなぁ!

 お前、実はサイボーグとかいうオチじゃないよな!」


「いいから答え教えてください。どうすれば恋愛テストで合格点取れるんですか」


「あーーもうすぐ答えを聞こうとする。

 ネット文化が生み出したモンスタースチューデントだよお前は!」


しょうがないので先生は学年の恋愛模様を図示して説明した。

黒板は人間関係の相関図で埋められた。


「というわけで、1年の高橋はサッカー部の黒瀬が好き。

 でも黒瀬は同じクラスの川口に告白してフラれてる。

 それきり黒瀬は遠慮しているが、川口はフッてからも意識しだし

 逆に黒瀬を好きになっているが後輩の高橋に遠慮して言い出せずにいる。

 

 ……ここまでわかるか?」


「ぜんぜんわかりません!」


「ああもう生粋の恋愛オンチだよお前は!!」


たまらず先生も自分の教育権を放棄してしまった。

穴の空いた袋に水を溜めることなどできない。


「もう先生はお前に指導することを諦めた。

 なんでそんなに他人への興味がないんだ?

 他人が自分や他の人をどう思っているか興味ないのか?」


「先生は道の石っころが、いったいどこから転がってきたのか深く考えるんです?」


「先生はお前がもう怖いよ」


「人の違いを認め合うのを求めるなら、

 僕というモンスターを認めてください」


「先生にも受け止められるキャパがあるんだよ!

 とにかく、お前が次のテストで合格点を取れなかったら

 もう学校から追い出すからな!!」


「そんな!」


「まだテストまで1ヶ月ある。

 その時間でお前はこの学校のあらゆる人間模様を観察し

 せいぜいテストに備えることだ! わかったか!!」


それから山田のテストに向けた人間勉強がはじまる。

かと思いきやのことだった。


「では出席をとるぞーー。……あれ? 山田は?」


「欠席でーーす」


「欠席!? あいつ恋愛テスト控えてるのに学校来てないのか!?」


「なんか病院行ってるそうです」


「あんのアホ……! 学校に来なくちゃ恋愛なんてわかりっこないじゃないか!!」


結局、山田が登校したのはテスト前の数日だけだった。

久しぶりに登校したからか、クラスがざわついていた。


先生はもう恋愛テストの準備で忙しく、

ろくに山田と言葉もかわさずにテストの日を迎えた。


採点をはじめるとき、先生の赤ペンは非常に重かった。


「はあ……気が重い。山田の採点なんて、もうやりたくない……」


地獄のような点数をつけて追試という煉獄に巻き込まれる。

それを通知するのがこの採点だからだ。


先生は答えと見比べながら採点を進める。


「う、うそだろ……!?」


何度見比べても答えと一致していた。

これまでバツばかりだった山田の答案にマルの花が咲き乱れる。


ほぼ満点にちかい点数を出した山田に、先生は嬉しくて教室へ猛ダッシュした。


「山田! 山田はいるか!!」


「先生どうしたんですか」


「お前、本当に頑張ったんだなぁ! 追試は免除だ!

 こんなに高得点を取れるなんて思わなかった!」


「ありがとうございます!」


「でも驚いたよ。あんなに恋愛鈍感なお前が……。

 きっとたくさん勉強して、人の気持ちが理解できたんだな」


うんうん、とうなづく先生だったが、山田は顔を横にふった。


「いえ。やっぱり他人の気持ちはよくわかりませんでした」


「……え?」


「なので、答えを寄せるようにしました」


「は?」


「僕の答案を見てください」


採点に集中していた先生はその不気味な答えの偏りに気づけていなかった。

山田の答案にはすべての問題の答えが「山田」で統一されていた。



【問1】

 3年2組の佐藤さんが最近好きになった人は誰ですか?


【問2】

 1年の高橋さんが最近憧れている人は誰ですか?


【問3】

 2年の川口さんがひとめぼれした人は誰ですか?



「お前……まさか」


それらの答えはすべて「山田」になっていた。

山田はその整った顔を先生につきつけた。



「頑張って整形したかいがありました。

 次の恋愛テストもこの調整で突破できそうです」

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