#20 騎士たちの晩餐

 騎士二人がアルフォンソ王をなだめすかして、授与式の後始末をしていると、すっかり夜も更けてしまっていた。

 二人の騎士は遅くなった夕食を取りながら、今日の反省会をしている。


「疲れたね……」


「ああ……。陛下はずっとあの調子なのか? 卿は随分苦労してきたようだな……」


 アルフォンソの想定外の暗君ぶりに、すっかり疲れた様子でウーデットはハインケルに問いかけた。


 ウーデットは騎士や武官は政治に関わるべきではないというスタンスで生きてきた。そのため戦前からアルフォンソの悪評は聞いてはいたが、王がどのような人間でも自分は職務に邁進するのみという意気込みでやってきたため、その実態を今日まで正確に把握できていなかった。


「いや、普段は後宮に籠りきりだよ。たまに表に出てくると、苦労する羽目になる」


「そうか。……今まですまなかったな。正直に言って、今日まで私は卿の苦労を理解していなかった。劣勢にあっても戦場にいる方がずっと楽だと感じる」


「いや……私だって、戦場に行かずに卿に戦争を押し付けてたから、お互い様だよ。あの状況でよくここまで持ってきてくれたよ、卿は」


 ハインケルが前線に赴かなかったのはいくつか理由がある。


 一つは王のお守り。

 アルフォンソは王都の守りに絶対に一人は騎士がいなければならないと言って聞かなかった。この癇癪持ちの王を相手に忠言できるのは騎士くらいのもので、王城の使用人たちからも騎士の残留を嘆願されてしまっていたくらいだ。


 二つ目は軍の抑え。

 アルフォンソの能力では軍の手綱を握るのは難しい。ヘンリエッタのシンパはそこら中にいるため、王女派の奸計で王都で裏切りを誘発でもされれば、もうそれで王弟派はお終いである。

 現在、軍を掌握しているのはアルフォンソではなくこの騎士二人だ。


 他にもいろいろ理由はあるが大きな理由はこの二つだ。


 王弟派の騎士は二人なので、どちらかが残る必要がある。どちらが残るかという話になったとき、竜騎兵の万全の運用には専用の設備が必要だということで、ハインケルが王都に残ることになった。


「ホワイト殿の件だが、どうする?」


 ウーデットが現在頭を抱ている問題について問いかける。

 アルフォンソはあの人形を自分のものにすると言って聞かない。冗談ではないと、二人でどうにか諦めさせようと説得したがどうにもならない。


「どうもこうも、あれは私たちでは手のつけようがない悪魔だよ。キミヒコ殿抜きで、この王城に置くなんて論外だ。なにがあるかわからない。……卿はよくあれを引き入れたね。戦後も仕官を誘ったと聞いているけど、本気?」


 ハインケルの言葉はもっともで、ウーデットもそれは同意するところではある。だが、騎士の頭数の差は如何ともし難かったし、戦後のこともある。


「ああ、本気だ。この内戦で王国は随分と疲弊した。リスクは承知で、戦力になるなら引き入れなければならない」


「そりゃあ、わかるけど……」


「それに、キミヒコ殿は弁えた男だ。中央の重要なポストも用意できると話をしたが、しっかりと彼は断ったよ。こちらとしては助かることに、どこか地方で囲ってくれれば十分だと言っていた。まあそれだけだと、いざというときの協力要請がやりづらいから、武官としての地位は受け取ってほしかったがね」


 ウーデットとしては、戦後の不安定な時期を乗り切るための戦力としてキミヒコらにいてほしかったが、中央の要職にはあまりついてほしくないというのが本音だった。

 無論、キミヒコが望めばそれなりのポストを用意するつもりではあった。だが、キミヒコはこれを断った。


 キミヒコとしては面倒な責任を負いたくないだけのことだったが、ウーデットは彼がこちらの意図を見抜いた上で、それに沿って動いてくれたのだと誤解していた。


「へえ、案外欲がないのね。人形遣い殿は。まあ、彼が信用できてもあの人形はね……。あの人形がいる以上、要職につけるのはまずいでしょうよ」


 ハインケルもそういうことならと一応は納得する。彼女としてもこのままでは戦後がまずいことは重々承知していた。


「ま、問題は戦後のことより今のことね。あの人形、今は大人しくしているけど大丈夫なの? 最初に登城したときは、生首を抱えてそのまま入ってきたらしいけど。あれに人間らしい感性は期待できない。城の中で暴走しないかだけが心配だよ」


「キミヒコ殿は自分に危害が及ぶと人形に判断されると、まずいことになると言っていたな。……陛下は大丈夫か?」


 ホワイトに関する注意事項を、ウーデットはキミヒコから聞いていた。

 現在、この王城の中でキミヒコとホワイトに唯一危害を加える恐れがあるのは、よりにもよって彼らの主人であるアルフォンソだ。


 あの人形に心を奪われたらしい王は、武官たちにキミヒコからホワイトを取り上げろとずっと騒いでいる。


「軍は私たちが完全に掌握している。陛下が癇癪を起こしても軍は従わない。そうでなくとも、あの人形に狙われるような真似は正規兵や武官は絶対にやらないよ。恐ろしくてね」


 自分で言いながら身震いするハインケル。魔力の扱いに長じた者であれば、あの人形の恐ろしさは即座に理解できる。ハインケルもそうだったのだろう。ウーデットとしてもそれは理解するところだ。


 魔力は個人個人で性質が違う。優しげで暖かな雰囲気の魔力を持つものもいれば、冷たく他人を寄せ付けないような雰囲気の魔力を持つものもいる。

 あの人形の魔力は、ただひたすらにおぞましく、生命への冒涜感に溢れていた。


 ウーデットはあの人形が実戦を行う場面には遭遇していない。部下の報告では、魔力の糸を展開して周囲の探知をすると聞いていた。


 この城においてはこちらに気を使ってか、自分自身にその体の駆動用の糸しか張っていないように見える。だが、あの人形の近くに寄った際には、得も言えぬ嫌悪感を覚えた。

 おそらく、あの人形は魔力で目を凝らしても見えないような、極細の糸を常時展開しており、それに触れたのだろう。そうでなければ、あの人形は目も見えず耳も聞こえない状態になる。


 戦闘時は更に探知用の糸を触手のようにうねらせて展開すると聞いているが、いったいどれほどのおぞましさだろうか。


「危害など、加えようもないか」


 軍属の人間が馬鹿な真似をするはずがないというハインケルの意見に、ウーデットも追従する。

 だが、彼らは見落としていた。ホワイトの恐ろしさをすぐに理解できるのは、あくまで魔力を通じてのみだということを。そして、自分たちの主がどれほど愚かであるのかを。

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