全エルフ巨乳化計画案

ゴメス

全エルフ巨乳化計画

 議会は紛糾していた。

 妖精暦3458年度民衆院予算議会。『予算議会』とは名ばかりの何でも討論会ではあるが、そこにあるとんでもない議題が提出されたのだ。

 その名も、『全エルフ巨乳化計画案』である。

 この議題、他種族の皆々様には大変滑稽でふざけていると思われるであろうが、我々エルフにとっては全く馬鹿にできない提案なのである。アイデンティティに関わる問題なのだ。

 保守政党である民族エルフ党は猛反発、一方革新派第一党の民主妖精党は提案を後押しし、二大政党のメンツをかけた言葉の殴り合いにまで発展している。

 何度剣線を越えかけたことか分からない。

 議会がこの有様なのだから、議場の外の民衆達の混乱は言わずもがなである。

 議長が打ち鳴らす何度目か、いや何百度目かの静止の鐘の音を聞きながら、私は意識を宙に向けた。

 何故このような大混乱に発展したのか、まずはその理由から説明せねばなるまい。


 そもそもこの問題の根源は、遡ること約2000年、妖精暦1460年の4月3日の全種族講和会議にあった。

 当時のエルフ社会は今よりももっと保守的かつ排他的で、森の奥深くに住んでいた。なにせ我々は美しい。女や子供が他種族にさらわれることも多かった。また、長命種であるが故に子を成しにくく、子がさらわれるというのはとても重大な問題だったのだ。

 一方でそんな閉鎖社会に辟易とし、村を出て行くエルフ達もおり、彼らは『街エルフ』と呼ばれた。有名どころで言えば、かの勇者と共に魔王と呼ばれる存在を討ち果たした伝説の戦士、シルフィリアである。まあ当の本人は「巨乳に勇者を取られた」とかなんとか言って、現在民族エルフ党に所属し、妖精党の議員達と口汚い言葉の応酬を演じているのだが。

 それはともかくとして、街エルフ達は時に外界において高い地位を得ることがあった。それもまた長命であるが故だが、彼らの多大なる貢献によって、魔王戦争終結後に先述の講和会議が行われたのだ。

 もっとも、講和会議においてエルフの立ち位置はほとんどあってないような物だった。そもそも社会に関わっていないのだから種族間紛争及び魔王戦争への関与も微々たる物であり、それでいて社会的地位がないわけでもなかったので、地位の向上を訴えるようなこともなかった。早い話が、ぼっちには喧嘩をする相手も講和なんてする相手もいないのだ。

 ただし講和会議に出席した時の王、エルブン7世と街エルフ達は講和のついでに他種族と約束を結ぶことになった。それが鎖国の撤廃である。

 具体的には、まずエルフ居住地域の国境線の明確化、そして各国との国交樹立である。その約束は数年かけて実行に移された。まず国境線を決め、隣国と共同で検問所を設置した。その際やはり一悶着あったようなのだが、今回の問題には関係ないので割愛する。とにかく、そういった国境及び街道を整備することで外の住人を受け入れる準備を整えたのだ。

 そうしてようやく外界との交流を持つようになったところで、エルフ達は驚愕した。

 元来、エルフ女性とは慎ましやかな胸を持ち、それを尊ぶ。巨乳、といってもせいぜいCといったところであり、Aが当たり前、小さければ小さいほどよい社会だった。

 それがどうだ、ヒューマンは、ドワーフは、ホビット達でさえ我々より胸が大きいではないか。

 そう、そこで新たな派閥が、火種が生まれたのである。

 巨乳派の誕生である。

 それから2000年間のうちに、巨乳派は勢力を拡大していった。エルフ達は外の人間に触れ、文化に触れ、エロ小説に触れた。

 一定数の男達は、巨乳になびいた。

 それでも貧乳派(当の本人達はそう呼ばれるのを嫌い、『慎ましやかな胸派』であると自称する)は根強かった。そもそもエルフは保守的なのである。またエルフ女性は食文化が変わってもなかなか胸が育たず、貧乳が多かったという事実もある。人口の半分が貧乳であり貧乳派なのだから、巨乳派の勢力がなかなか育たないのも道理だ。

 しかし、無視できない人数にまで増えたのもまた事実なのだ。

 さらに言えば、巨乳派は男性だけではなかった。巨乳を好む同性愛者や、巨乳の性質を受け継いだ他種族とのハーフ女性は巨乳派に加わった。彼女たちは保守的なエルフ社会において抑圧を受けていた者達であり、その熱意は大きかった。


 そしてついに革新派である民主妖精党がそのムーブメントに乗っかった。彼らとしては巨乳貧乳云々と言うよりマイノリティ救済という意味合いが強かったようなのだが、少なからずの支持は得ていた。

 彼らは昨年の大不作の影響を受けて支持率を落とした民族エルフ党政権から政権を奪取、自由エルフの会、35世紀開国党との連立政権を確立した。

 そして満を持して提出されたのが、今回の『全エルフ巨乳化計画』である。

 内容としてはエルフに古来より伝わる秘術、秘薬を用いて全エルフ女性を巨乳化しようという計画らしい。本当にそんな術があるか甚だ疑問だが、招致された魔術学者によると不可能ではないらしい。

 正直、行き過ぎているとしか思えない。どうやら民主妖精党が巨乳派ムーブメントに乗っかってから100年ほどで徐々に、秘密裏に巨乳派による政党の乗っ取りが行われていたらしいのだ。そういえば100年前にいたあの大御所議員やあのお騒がせ議員は軒並み引退しているか亡くなっている。メディアはそれらを血の入れ替えだともてはやしていたし、私もそれを信じていたが、まさかこんなことになっているとは。

「だから、その計画はあまりにも性急すぎると言っているだろう!慎ましやかな胸にはその良さが、尊さがあるのだ!」

「ええい、この無知蒙昧のゴミ共めが!巨乳こそ正義なのだ!貴様らは何も理解していないようだが、エルフを含め人類は皆母親の乳を吸い育つ。つまり我々は根源的に乳を求め生きているのだ。巨乳こそ母性の象徴であり、全員が巨乳になれば平和が訪れるのだ。何故分からない!」

「何が母性だ軟弱野郎が!貴様らは未だに独り立ちできない赤ん坊だというのか。そもそも慎ましやかな胸にも大いなる母性があるだろうがこのすかぽんたんが!」

「恥じらいこそエロスだと信じる貧乳派の妄言など聞くものか!我々は圧倒的質量を享受すべきなのだ!」

「貴様の言う質量などただの脂肪の塊に過ぎぬ!」

「なんだと貴様!」

「うるさいわ!貴様など我が剣の錆にしてくれる!」

「静粛に!静粛に!」

 もう滅茶苦茶である。

 私も、思うところはある。

 私は巨乳が好きだ。

 立場上なかなかそういった発言はできないのだが、巨乳の質量、存在感、柔らかさが私に癒やしを与えてくれるのは事実であるし、情欲をかき立てるのもまた事実である。

 だがしかし、同時に貧乳もまた愛している。

 あれはかわいらしく、巨乳とは違った意味での癒やしを与えてくれる。密着感があるのもいい。また哲学者ハーマダーも言っていた、「小っちゃかっても乳首で遊べるし」と。真理である。

 どちらも愛しているが故に今回の法案には賛成しかねるし、ただ民主妖精党が言っていることも理解できるのだ。

 理解できるからこそ、動かねばならぬ。発言せねばならぬ。この不毛なる争いに終止符を打たねばならぬ。

 たとえそれが辛苦にまみれていようとも。

「議長。」

「はっ、ただいま。静粛に!静粛に!……ああ、もう彼らには儂の声は届かぬか」

 埒があかぬ。私は議長から拡声器を奪った。

「粛に!」

 私の一言で議場が静まる。私は満足し、続けた。

「このような醜く不毛な争い、看過できぬ。民衆院ではあるが、余が、神聖エルフ王国国王であるこのエルブン9世が言を陳べる。心して、聞くように」

 その言葉に議場は少々ざわついたあと、また静まった。

 民衆院において国王が意見を述べるというのは前代未聞、異例の事態である。

 どのような形で歴史に残るのだろうか。

「我らエルフの同胞達が、先祖達がこの国を築いて3000と400年、我々は慎ましやかに生きてきた。それは、胸も同じこと。少なくとも余はそう認識している。無論、その歴史の中で、近年巨乳派という大きなうねりができているのもまた事実であり、許容している。そう、余は許容している。各々が各々を追い求めるこの現代エルフ社会を。しかしそれは、秩序あってこそである。秩序なき力は暴力であり、秩序なき対立は争いである。これは良識共言い換えることができよう。余は暴力を、争いを許容せぬ。建設的でない、秩序なき、良識なき、共存なき議論はただの争いである。余はそれを許容せぬ。

 我々は共存していかなくてはならない。なぜなら我々は明日もまた同じ場所で生きていくからである。同じ部屋で、同じ地域で、同じ国家で、同じ世界で生きていかねばならぬ。

 胸がどうとか、そういったことで争うのはあまりに愚かといえよう。民衆を愚かと言っているのではない。人間は皆等しく、賢さと愚かさを併せ持っている。そして我が国民は皆賢くあるはずである。であればこのような茶番、早急に終止符を打たねばなるまい。」

 私は一息つくと、静まりかえった議場を見回した。彼ら彼女らは、今自分の発言を振り返り、考えを振り返り、反省していることだろう。

「よいか、我々は胸で争っている場合ではない。神聖エルフ王国は、長命であるが故に停滞している。他国に目を向けよ。彼らは短命ではあるが、めまぐるしく日々を生き、成長しているではないか。胸で争っている国など一つもない。はっきりと言おう。我々は後れを取っているのだ。」

 事実、他国から見て我が国は遅れている。それは長命種という理由もあるが、やはり自分たちの国に閉じこもってしまうその国民性によるところも大きいのだろう。

「余は、神聖エルフ王国国王として、民衆院に提言を行う。これは我々が先へ進むための提言である。心して聞くがよい」

 私は息を吐き、息を吸い、議場を見渡し、覚悟を決めて言った。

「胸より尻!尻を愛さずしてなんとする!尻こそがエロスである!」

 議会はさらに紛糾した。

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