第24話 休憩時間の雑談

 「アッハッハ! 馬鹿よ馬鹿! やっぱりコイツ馬鹿だわ!」


 上等な客室に案内されたオーグ達、監視の目もないとわかると、いきなりエルミアはオーグを指差し腹を抱えて馬鹿笑いした。

 笑っているのはヴァサラガの前での失態だろう。

 オーグは顔面を赤くすると、拳を強く握ってプルプル震えた。


 「おーまーえーなー? 笑いすぎだろっ!」

 「ふふ、でも真実の神もきっと魔女様に笑顔でサムズアップしてますよ」


 すっごい笑顔で黒光りするムキムキマッチョな真実の神のサムズアップですよ? きっと激レアです。

 ですがそんな話を知ってもオーグはちっとも嬉しくない、寧ろ泣き出しそう。

 エルミアは論外だが、コールガも褒めているのか、イマイチ分からない。

 コールガは基本的にはなんでも全肯定してくるが、ベルナ族のセンス故に時々ついていけないのが難点だ。


 「でも、これからどうするのお頭?」


 一人だけ離れて、窓際のソファーで横になるリンは質問した。

 オーグは「はぁ」と溜め息を放つと、天井を見上げて。


 「さぁな、龍の口に入っちまった訳だが」

 「ドラゴンは怒らせるな。一度逆鱗に触れれば森は焼き尽くされ、世界は終末の火に包まれる」

 「エルミア、そりゃなんだ?」

 「エルフ族の格言よ。もっとも誇張表現だとは思うけれど、事実『龍のキバ』に痛い目みてるからね」


 エルミアにとって龍とは、それ程不吉な物なのだろう。

 オーグにとっては馬鹿猪のエルミアはむしろ簡単に倒せる程度の相手だったが、火を嫌うエルフらしい格言だ。


 「ベルナ族にもドラゴンの格言がありますわ。龍は雨を降らせ、大地を潤し、海に嵐をもたらし、勇敢な海の開拓者ヴァイキングを試す、と」

 「ベルナ族の龍は水をつかさどるのか?」

 「こちらの龍とはいささおもむきが異なるのね」


 文化が違えば龍の姿も異なる。オーグはそれでも龍が古今東西強大な力を持つ者とされている事に感心した。

 オーグにとって強さは絶対の正義、オーグの名前に刻まれたオーガ強いオーク強いはオーグを怪力無双の偉丈夫にさせた。

 うんうんと二人の異文化におけるドラゴンの格言を聞くと、オーグはしみじみその想いを語り出した。


 「龍のキバも、そうやって龍の強さにあやかって付けたんだよなぁ、やっぱり男は龍のように強く逞しくなるようにってな!」

 「ん? まて魔女……なんで貴様が龍のキバの由来を?」

 「……え? あ……」


 まぁたやっちまった。エルミアの耳年増を忘れて余計な事を口走るとは、オーグは苦虫を噛み潰したような顔をすると明後日の方角に視線を逸した。


 「えと、お頭にはアタシが説明したの」


 慌ててリンはフォローに入るが、一度疑いだしたエルミアはしつこい。蛇のようにしつこい。

 本当は蛇の生まれ変わりなんじゃないか、等と冗談めいてオーグは連想するが、エルミアの紫水晶の瞳はじっとオーグを見つめる。

 エルフの慧眼はその者の何もかもを見通すと喧伝されるが。

 なるべくオーグはエルミアと目を合わせないように視線を動かした――が。


 「……オーグ?」

 「ぎくぎくっ!?」


 エルミアがオーグの名を呟くと、これまた分かりやすいアクションでオーグはキョドる。

 メスガキエルフの中にオーグらしさを見たのかエルミアは目を細めるが、直ぐに落胆しながら首を横に振った。


 「ないな、あの悪漢がこんなに可愛い娘になるわけがない」

 「そうそう、ないない」


 リンもなんだか少し不審だが、流石にメスガキエルフに転生しましたなんて、荒唐無稽こうとうむけい過ぎて信用しなかったようだ。

 というかまさかエルミアまでオーグを可愛いと言うとは、そっちの方がオーグには内心複雑である。


 「龍は強さの象徴であり、神の暗喩あんゆとも喩えられますわ」


 ただ一人、魔女様がオーグだろうが、そうでなかろうが構わないコールガはボソっと言った。

 これは助け舟とオーグは素早く相槌を打つ。


 「うんうん、神の暗喩って?」

 「はい、ベルナ族も元々は水神エーギルを父祖とする一族、エーギルは水龍の姿も持つといわれています」

 「ベンが言っていたけれど、高位の龍は変身が出来るって」


 ドラゴンにも各位ランクがある。最も低級のトカゲ、翼を持つが火は吹かない翼竜ワイバーン。最も一般的に想像されやすい火を吹き空を飛ぶドラゴン。そしてドラゴンが何千年と生きると龍ないし古龍エルダードラゴンもしくはエンシェントドラゴンと呼ばれる。

 龍ともなれば、もはや存在そのものが災害であり、人々はこれを神として崇める。

 さらに高次の龍は高い知性を持ち、人間を遥かに超越した魔法さえも扱うという。

いにしえの龍が竜人に化けて、市井に降りて人の子と触れ合う物語はこの国では誰もが知っている寓話だ。

 しかし、もしかすれば本当に人に化けた龍とは存在しても不思議じゃないのだろうか?


 「つまりそのエーギルって神様の正体は龍ってか?」

 「あるいはその逆、神様を私達は龍と呼んでいるのでは?」


 コールガとの問答は哲学的で難しい。

 以前のオーグなら五秒で頭はパンクし、考えるのを放棄していただろう。

 奇しくもこのメスガキエルフの身体は思考を得意としているらしく、オーグはなんとか話についていった。


 「あー……にしても腹減ったな、頭使ったら肉食いたくなった」

 「エルフの癖に野蛮人めいたことを言う……くそ、ビーフージャーキーが恋しいよぉ」

 「……貴方も同類じゃない」


 どっちもどっちな二人にリンは呆れてしまった。 

 エルフらしく肉食に苦言を呈するエルミアだが、捕虜時代に食わされたビーフジャーキーには衝撃を覚えた。

 最初は嫌々だったが、噛めば噛むほど旨味が広がり、エルフ族の菜食文化って何だったんだと、彼女の価値観はいともたやすく崩壊した。

 とはいえエルフ族が慣れない肉を食べれば胃や腸が受け付けないので、あの時は腹痛に苦しんだのも今ではいい思い出か。

 メスガキエルフのオーグも多少は経験あるだろう。エルフの身体は肉を消化しづらいのだ。


 「お前本当にお姫様かよ、お姫様がビーフジャーキー食うのか?」

 「姫だって食べたいものは食べたいっ! だってエルフの民族料理って味付けないんだもんー!」


 身分上は紛うことなくお姫様なのだが、動き辛いドレス姿でも構わず手足をジタバタさせる様は、さながら駄々っ子だ。それでもどこか典雅さが備わっているのだから上のエルフは恐ろしい。

 エルフ族のご事情を知らない一行はそうなのかーとエルミアの不満に共感を持たなかったが、そこにコールガはクスッと微笑む。


 「ベルナ族伝統料理、是非皆さんにも食べて貰いたいですわ」

 「へぇそれ気になる! どんな料理なんだ?」

 「代表的なのはイワシのパイ、お祝いで食べます」

 「ん? イワシ?」


 どんな料理だ? さっそく首を傾げるオーグ。

 因みにこの鰯のパイスターゲイジーパイ、パイに尾頭付きの鰯がぶっ刺さった見た目バツグンの料理を目撃すれば、オーグも卒倒するだろう。


 「あと保存食で代表的なのは塩漬け鰊の缶詰シュールストレミングね」

 「シュー……え? なにそれ?」


 世の中知らない方がいいこともあると、黒光りムキムキマッチョの真実の神も諭すだろう。まさか世界一臭い料理などと知ったら、あまりの強烈な臭さにオーグは気絶し、エルミアも泡を吹いて悶絶するだろう。


 「実は持ってたり」


 コールガはそう言うとスカートの中から、小型の円柱形の缶詰を取り出した。

 オーグは興味ぶかそうに鼻を近づけクンクンするが、缶詰は完全密封されているのか無臭だ。


 「これがシューなんとか?」

 「地元は海産資源豊富ですの、ニシンタラはよく食べるんですよ」


 この国も魚を食べる文化はあるが、ベルナ族程海産資源には頼っていない。

 そういう点ではコールガにとって孤独な旅に故郷を思い出せる味があるのは重要なのだろう。


 「缶詰ってなんなの?」


 一方缶詰そのものを知らないエルミアはピンと来ていなかった。

 オーグは「あぁ」と頷くと、少し説明する。


 「ここまで綺麗に密閉した缶詰はこっちじゃ珍しいが、まあブリキを使った容れ物だな」

 「ブリキ? 金属の話?」

 「エルミア様は、知識が相当偏っていらっしゃるのですね」


 エルフとしての知識や格言には精通しているものの、元々鎖国体制のエルフの国出身者らしく、その知識は大いに偏っている。

 最も無知をエルミアは何も恥じていないし、むしろ無知であることは知る喜びであると思っている。

 その為お姫様と言われても、本人は好奇心旺盛な娘っ子のような有様なのだ。


 「エルフこそ至高だとは思うけれど、人族の文化は知っておいて損はしないわね!」


 ……この高慢チキな性格さえなければ、良きパートナーと呼べるだろうに。

 エルミアの性格は文化の中で育まれたもの。人族だって、エルフや獣人を見下す者はいるし、文化交流の極端な少なさが起因する部分も多い。


 「私の国にもエルフはいました。けれどエルミア様のような方は見ませんね」

 「いやいや、世界中探したっている訳ない!」

 「ふっ、褒めたって何も出ないわよ」


 エルミアは鼻で笑うとリンは(別に褒めてないと思う)と心の中でツッコむ。

 言葉に出さないのを奥ゆかしいと思っているリンだが、単に周りから忘れられるというのも盲点のリンだった。

 一行はその後も気軽な談笑を続ける。女同士遠慮が無いのか、時々オーグを困らせる発言が出るも、仲は良好だ。

 キツキツのドレスの着付けにオーグが苦言を呈する頃、部屋の扉はノックされた。


 「お客様、ご昼食の用意が出来ました。どうか食堂まで足をお運び下さいませ」


 扉を開けることなく外の使用人は退出を促す。なんとなく誰も見ていないのに扉の前で丁寧なお辞儀をしているんだろうな、そんな想像をしつつオーグ達は部屋を出た。

 部屋を出ると、待っていたのは女性使用人、使用人は丁寧に彼女たちを食堂へ案内した。

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