第16話 希望か絶望か

 薄暗い天井から水漏れするどこかの地下空間。

 空間は石造りで湿度が高い、やや息がし辛いようにさえ感じるだろう。

 オーグは鎖で壁際に繋がれ身動きが取れない、それでも強い意志で諦めていなかった。


 「このクソ野郎……そんなに俺様が怖いのか?」

 「クックック、エルフは商品としても珍しい、早々傷物にするものか」

 「で、でもでも……オデコイツに電撃浴びせられたんだぜ? し、しかえししたい!」


 太っているが情けない姿を晒すならず者は、眼帯の兄貴分に懇願する。

 だが眼帯の男の答えはノーだ。

 オーグは奴らを見て、まるでオークだなと苦笑した。

 オークというのはこの世界に住む魔物と亜人の中間のような種族で、頭が良くなく、女にさか性質たちがある。

 一方でオークは逞しさの象徴でもある。それほど性格的にはオークは凶暴ではないが、戦えばその怪力無双、この世界においては子供でも知らぬ者はいない。

 何を隠そうオーグの名前もその意味はオークとオーガを意味する。

 オークやオーガのように強くあれ。オーグにとって本来オークはけなし言葉にはしないが。


 「なぁなぁ、ちょ、ちょっとで良いんだ、ちょっとだけ!」

 「駄目だ! これ以上商品価値を落とす行為は認めん!」

 「クックック……」

 「あ、兄貴? アイツ笑ってる?」


 二人の視線がオーグに注がれる。

 この状態で。鎖で繋がれ。おまけに魔封じの首輪まで。

 それでもこの人身売買を生業にするブならず者共が、エルフ一匹に右往左往しているのが、おかしくて堪らなかった。


 「何を笑っている貴様?」

 「イッヒッヒ……だってよ? こんな無抵抗な女の前で、大の大人がギャーギャーわめいて、おかしいじゃない?」


 やっぱり馬鹿は馬鹿なのだ。

 情けない子分も兄貴も、所詮はこの部屋と同じ。

 臭い肥溜めのような場所で這いずるゴミと同じだ。


 「アタシに手も足も出ないなんて、本当に情けなーい♥ こんな小さな女の子にも敵わないなんて、クソ雑魚おじさんだね♥ アハハ♥」

 「だ、黙れ貴様! まだ立場が分からないのか!」

 「う、うおぉぉぉ! もう我慢できねぇーっ!」


 太った方が我を忘れる程激昂すると、オーグに襲いかかった。

 兄貴分は制止するが、彼はその声も聞こえず暴走する。

 このままではオーグは滅茶苦茶めちゃくちゃなぶられ、レイプされるだろう。

 目が血走り、口からよだれを垂らす醜悪しゅうあくな姿は、正に発情したオークそのものだ。

 だからこそ隙になる。


 「だからお前は阿呆なんだ!」


 オーグは渾身を込めて、足を振り上げた。

 両手こそ縛られていたが、足は縛られていない。

 太った男はあまりに無防備で、オーグの細い足がその股間を叩くのは簡単だった。


 「ふぐおぉぉ!?」

 「……まったく簡単な挑発に乗せられおって!」

 「またやっだ、またやっだ……ぢぐしょう……!」


 股間を抑えて悶絶するも兄貴は更に顔面を叩いて追い打ちする。

 そんな眼帯の男を見てオーグは悪びれもせず見下し、嘲笑った。


 「プロフェッショナルを演じているが、お前も同じ穴のむじなだぜ? ええ?」

 「ち……口が減らねぇガキだ」


 だが拷問は出来ない。

 商品に手を出すプロはいない。けれどもその商品が手がつけられないじゃじゃ馬なら?

 結局は商品の価値を正しく判断出来ていない金の亡者に過ぎない。奴らは断じてプロではない。

 龍のキバの頭領として、殺し以外の悪行はなんでもやった。

 人攫ひとさらいも、違法薬物の横流しも、その力は一国にも匹敵した。

 そんな真のプロからすれば、この小物達があまりに情けない。


 オーグも過去にエルフの娘を調教して、エルフの国に強制送還させたことがあるが、あの時は痛快だった。

 エルフの王はオーグの行いのえげつなさに恐れをなし、一度は派兵するも、その結果は万全の準備を整えた龍のキバの大勝利。

 前線で指揮していたエルフの姫騎士様を捕虜にしたら、娘の為に無条件降伏で和睦を締結した。

 外の世界を何も知らない姫騎士と会話したのは一週間程度であったが、今でもあの姫騎士がどんな顔をしていたかはよく思い出せる。

 まあそんな龍のキバも壊滅し、今となっちゃどうでもいいが。所詮は諸行無常、全ては塵に同じで、盛者必衰の理なんだろう。


 (まっ、つっても嫌がらせが限界だもんなぁ)


 煽って分かったこともあるが、奴らも掃き溜めのクズ共だ。

 仲間割れを誘うこと自体は不可能ではなさそうだが、一番の問題はやはり魔封じの首輪だ。

 これさえなけりゃ今すぐでもこのクズ共に格の違いを教えてやるのだが、現実は非情である。

 奇しくもメスガキエルフの頭脳はオーグの思考をブーストしており、馬鹿だが策略さくりゃくを必死に巡らせていた。


 (やっぱり俺様だけじゃ無理、せめてリンがいればな)


 この際メルでもいいや。アイツは別の意味で馬鹿だから声高々に口上をあげて、猪武者のごとく吶喊とっかんするだろうが。

 リンなら音も無く奴らを背後から短刀でスパッと仕留めて、オーグを救出するだろう。

 問題はリンに不殺を約束出来るか、だ。

 オーグの定めた掟には、殺しはやめておけとある。

 やむなき殺人はアウトロー故に起こりうるが、意図的な殺人は戦争だけで十分だ。

 殺しの罪は、いつか我が身に降りかかる。

 祈る神はいなくとも、己の内側に潜む神には信心深いのだろう。

 リンも神様は信じない。いや寧ろリンは神を唾棄だきする。

 彼女は産まれて間もなく親に捨てられ、何度も親を変えながら最終的にオーグに拾われた。

 その時のリンは多分五歳位の筈だ。本人は名前もなく、劣悪な環境でなんとか生き延びたという状態だった。

 当然オーグに拾われた後もリンはオーグや子分共に中々心を開こうとはしなかった。

 山猫のように心を開かず、リンと名付けられた彼女の人格は龍のキバで成長していった。


 リンは一言で言えば冷徹。

 抜け目がなく、時には残酷でさえある。

 肉食獣を敵に回せば、その凶悪な牙がどこまでもその喉元を狙うぞ。そんな存在がリンだ。


 (……やっぱりリンはなし、うん)


 オーグはそう思うと、何度も縦に頷いた。

 眼帯の男は「今度は何を企んでやがる?」といぶかしむが、結局尋問も出来ず舌打ちした。


 「おい! お前は外を見てこい!」

 「え、お、オデが?」

 「ここは俺だけで十分だ。それよりお前は次の獲物を見つけてこい!」

 「わ、分かったよ兄貴、だ、だから怒鳴らないで!」

 「さっさと行け!」


 やれやれ、子分の扱いがなっていないな。

 太った男は情けない走り方で部屋を出ていった。

 オーグもあんな鼻垂れ馬鹿が子分にいた。

 救いようもないような馬鹿で弱くて情けない子分でも、アメをやらなけりゃ尊敬は得られない。

 勿論厳しいムチがなければクズはクズのままだ、だからこそオーグも決して優しいとは言えないだろう。

 だが少なくともこの男よりはマシだったろう……。


 「ククク……しかし貴様何者だ?」

 「何者だって?」


 男はニヤニヤ下卑た笑いを浮かべると近寄ってくる。

 オーグは嫌がるように身動ぎしながら、虎視眈々と男の隙を狙っている。

 この男の股間にもキツいのをお見舞いしてやる。


 「そのピンク髪、間違いなくあの『アリス』とかいうエルフだろう? だがアイツは死んだ筈だ」

 「……っ」


 アリスを知っているのか?

 理由は未だに分からないが、そのアリスの身体にオーグは魂を宿らせている。

 オーグ自身、アリスには対して興味はない……が、男には別なのだろう。


 「死んだというのが間違いなのか、それともただの他人の空似? まぁどっちでも良い。重要なのは貴様がエルフだということだ」

 「本当にくだらねぇ! そんなにエルフにバブみを感じてんのか? オギャってみろよ!」


 この期に及んで挑発するも、眼帯の男には通じない。

 むしろたのしんでさえいるのではないか?


 「ククク、エルフの女は高く売れる。ましてあのアリスに似ているなら尚更な……あの女は至るところに敵を作っていた筈だ。最低のクズだったからな」


 アリスがエルフの国を永久追放されたのは禁呪に手を染めたからだという情報だ。

 それだけでもとんでもないエルフだろうが、オーグはメルの言葉を思い出す。

 悪評が立っている……か、余程の悪名だったのだろうな。

 これから売られる先は、そんなアリスに恨みを持つような悪党なのか。

 思わずゾッとするが、絶望が希望を上回るにはまだ早い。


 「それがどうした……ケッ」

 「ふん、生意気な女だ」


 男はオーグの前まで迫ると、男はオーグの顎を無理矢理持ち上げた。

 必死に抵抗するが、やはり力では男には敵わない。

 蹴りを放つも、その蹴りも眼帯の男は易々と受け止めた。


 「気の強い事だ……並の女ならとっくに泣き叫んで絶望している」

 「生憎図太すぶといんだよ、俺様は……っ!」


 オーグはせめて男を強く睨みつけた。

 しかし男は下卑た笑みを浮かべ、それさえ嗜虐心しぎゃくしんに変えてしまう。


 「ククク……傷はつけん。だがお前を絶望させたい」

 「なにを――ッ!?」


 男はオーグのたわわな胸を乱暴に握ると持ち上げた。

 オーグは気持ち悪さに顔を青ざめる。

 ギュッと握りつぶすと、まるでオーグの胸はマシュマロのように形を変えた。


 「や、めろ……気持ち悪、い!」

 「重たい胸だ、なにを食べればこうなるのか」

 「し、知るかそんな、も……んん!?」

 「どうせ自慰行為ばかりしていたのだろう?」


 他人に触れられるのは、自分が同じようにするのとはまるで違う。

 変な声が溢れそうで、必死に声を抑えるが男に胸を無茶苦茶に揉まれると、次第に混乱してきた。

 女としての自分が全力で抵抗している。だがこの世は無慈悲だ。

 このままオーグはなにをされるのだろう。今の彼女にはそれを想像する余裕もない。

 抵抗も無駄、言葉責めも無駄、結局はただメスガキに過ぎなかったのか。


 このまま……分からされるのか?


 「ククク、これだけでも相当の値段がつくだろうな……ん?」


 ドタドタドタ!


 男がメスガキエルフの巨乳に夢中になっていると、突然外がうるさくなった。

 子分が帰ってきたのか?

 男はオーグから離れると、大きな音を立てて扉が開かれた。


 「あ、兄貴ぃ……」

 「どうした一体なにが――ッ!?」


 太った男が戻ってきた。しかし太った男は白目を向いて前のめりに倒れた。

 眼帯の男は驚愕する……奥からカツンカツンと足音を立てて銀髪の美女が歩いてきたのだ。

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