第14話 オレンジジュース

 カランカラン。


 もう慣れたようにオーグはベンの店に戻ってくると、彼女はリン達の姿を探した。


 「あら、エルフのお嬢さん帰ってきたの?」


 客かと思い駆け寄ってくるあの金髪ウエイトレス。

 オーグはリン達について簡潔に聞いた。


 「俺様と一緒にいた客は? 見ないんだけど」

 「あの二人ならもう出て行きましたよ?」

 「まじ? 行き違いかぁ」

 「うふふ、座ってく?」


 オーグは面倒臭そうに頭を搔く。

 リンとは同じ宿に泊まっているから、最悪リンは宿に向かえばいいか。

 メルは知らないが、別に彼なら直ぐに顔を合わせる必要もないだろう。


 「そうするー。カウンター席いい?」

 「はいどうぞー」


 オーグはまた外を歩く位なら、どうせまだ日もある訳だし、少し居座らせて貰うことにした。

 店内は大分客もさばけている、繁忙期はんぼうきが終わり、店長は洗い物で必死だった。

 オーグはそんなベンの目の前の席にドスンと座ると、胡乱うろんげな顔でベンが振り返った。


 「酒は出しませんよ」

 「ケチ」

 「ケチじゃありません! リンさんに半殺しされたくないんですよ!」

 「うふふ、店長このエルフのお嬢さんと仲良いのね」

 「仲良くないよ、いっつも無理難題出してくるし」

 「ええー? そんな事ないけどなー? 俺様はお前を思ってだな?」


 オーグからすればベンも世話の焼ける子分だ。

 特に鼻垂れ泣き虫のベンは手間がかかる。


 「じゃお酒を禁止されているエルフのお嬢さんには、これかしら?」


 金髪ウエイトレスは棚からオレンジジュースの瓶を手に取った。

 それを見てオーグは、子供扱いかと溜め息を吐いた。


 「なぁちょびっとでいいから酒入れちゃ駄目?」

 「駄目、飲兵衛ドランクモンキーなエルフなんて聞いたことがないぞ」

 「はい、召し上がれ」


 オレンジジュースが並々注がれた透明なコップを受け取ると、グビッと呷った。

 程良い酸味と喉越しは万人受けするが、言ってしまえば子供も安心でしかない。


 「もっと火遊びしたーい」

 「なに言ってんすか、エルフが火って不吉でしょ?」

 「エルフは火を嫌うっていうものね」


 比喩ひゆのような物だが、兎に角刺激が足りない。

 冒険は嫌いじゃないが、命懸いのちがけっていうのは生を感じられても、必死過ぎてずっとは続けられない。

 安全な遊び、でもちょっと危険さをはらむ……そういう刺激を求めているのだ。


 「間違っても、スラム街でハーブとか買っちゃ駄目っすよ?」

 「ハーブが売っているの? 店長?」

 「隠語いんごだな、心配せんでもヤク決めて春になるつもりはない」

 「春? 全く意味が分からないわ!」


 ケタケタケタ、どんな笑い方をしてもこのチビエルフの笑顔は愛らしい。

 金髪ウエイトレスは日の下を生きているな。

 元盗賊だったオーグやベンとはまるで違う。なら地の底に引きずり込むのは野暮ってものだ。

 お天道様もそれを許すはずがない。


 「そういやベン、あのサンドめっちゃ美味かったぞ〜」

 「ああ、そりゃどうも……前に肉のサンドウィッチ食べたいって言ってたし」


 ベンは洗い物しながら少しだけ照れた。

 本人の渾身の出来だから褒められて嬉しいのだろう。

 ガリ勉というあだ名が指すようにベンは、知識は豊富だが、実践はヘタレであるから。


 「アレはお持ち帰り販売すべき! 絶対売れる!」

 「店長私もそう思いますわ、正式にメニューに載せても良いのでは?」

 「ちょ、ちょっと待って……あのサンドウィッチはまだ試作品だから」


 カツサンドは絶賛だが、ベンからするとまだ完成ではないのか。

 それとも実は用意が大変なのか?


 「ベン、自信を持っても良いぜ」

 「そいつはどうも」


 素っ気無い、なんだか少しムカつくな。

 むうと頬を膨らませると、その様子に気づいた金髪ウエイトレスが話題を変える。


 「そうそう、エルフのお嬢さんって冒険者なんでしょ?」

 「まあそうなるな」

 「私ちょっと憧れるなー、どんな冒険をしているの?」


 金髪ウエイトレスは冒険に興味があるようだ。

 女性には珍しいが、冒険譚ぼうけんたんに憧れがあるのだろうか?

 といえば冒険者の仕事なんて実際は地味なものだ。

 不死の王を討伐とか、ドラゴンを狩るとか、人類未踏のダンジョンを踏破して、未知なるお宝を持ち帰った話など、そういう冒険譚はありふれているが、現実は非情である。


 「近くの森で雑魚魔物モンスターを駆除したり、農場を荒らすペガサスを追い払ったり、ああ今日なんて酷いぜ? 街に現れた巨大ゴキブリジャイアントローチの駆除だ」


 なんと夢のない話であろうか。

 オーグ自身派手好きなこともあり、こんな華のない冒険なぞ面白くもない。

 だが金髪ウエイトレスは聞き上手で「うんうん」と何度も相槌を打つ。


 「冒険者がそうやって街を護ってくれているのよね。立派だわ」

 「そ、そう?」

 「どんな仕事だって、誰かの為になるでしょ? そこに良いも悪いもないわよ」


 そうなのか、オーグは少しだけ関心した。

 もしかしてメルもそれが分かっていて地味な仕事ばかりとってくるのか?

 オーグは魔法使いとして、全力の魔法しか使えない欠点は徐々にだが改善してきた。

 今日は特に調子が良く、少ない魔力で魔法を使えた。

 英雄になりたいなんて思わないが、やっぱり退屈なのは嫌なのだ。

 少しだけメルの事を見直そうかな。彼女はオレンジジュースを小さな口でチビチビ飲んだ。


 「ウェイトレスは冒険者になりたいのか?」

 「ケイトよ。ケイトで良いわ」

 「ケイト? ああそれじゃアタシは魔女ウィッチだ」

 「ふーん魔女ね。ミステリアスね……私は冒険者になりたいとは思ってないわ」


 まあ冒険が好きでも冒険者が好きは違うものな。

 よくある異世界冒険小説でも、読むのが好きだからって、体験したいなんて思わないだろう。

 ああいうのは見ている位が調度良いのだから。


 「ケイトさん、そろそろゴミ出しお願い出来る?」

 「あっ、はーい。店長さん」


 ケイトは元気に店の奥へと向かって行く。

 ベンとは違い、明るくて人懐っこく、おまけに包容力がありそうだ。


 「ベンには勿体ない女だな」

 「べ、別に狙ってないから!?」


 どうだかな? オーグはニヤニヤ笑いながら、ベンの恋をそっと応援した。

 親分としては子分の縁談を取り持つのも親分の務めだ。


 「さってと、やっぱり戻ってこないか」


 オーグはオレンジジュースを飲み干すと、席から立ち上がった。

 外を見ると日が落ち始めている。

 いい加減にしないとリンに怒られるかもしれないな。


 「お代は?」

 「ツケでお願い」

 「またツケ! リンさんに払わせてないで、ちゃんと払って下さい!」

 「ハッハッハ! お前の物は俺様の物、俺様の物も俺様の物」

 「意味分かんないから! 誰かに似ているのもムカつく!」


 誰かって、間違いなくそりゃオーグだろう。

 パワハラし過ぎてムカつくと思われていたのか。

 ちょっとショックを受けるオーグはスンと大人しくなった。


 「ちょっと、いきなり落ち着かないで」

 「ほら、オレンジジュース代」


 貨幣を指で弾くと、カウンターに貨幣は放物線を描き、クルクル踊る。

 ちょっと意外、つかちゃんとお金を持ってたんじゃん。

 ベンはそれを受け取ると、オーグは振り向くことなく手を振って店を出ていった。

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