第13話 絶世の美女を助けたら

 逃げた矢先、顔が真っ赤なオーグはゆっくり足を遅めた。

 戸惑いと羞恥心しゅうちしん困惑こんわくしたオーグは未だにあの言葉が頭に反芻はんすうしていた。


 ――どうかこの私に、貴方のエスコートをさせて下さいませ。


 歯が浮くような台詞せりふだ。

 けどあの普段子犬のようにやかましい少年が、一端いっぱしの男を魅せたのだ。

 男としてのオーグなら、馬鹿にしておしまい……の筈だった。

 その結果にはオーグ自身がまだ信じられていない。

 女としてのオーグが、まだ胸をドキドキさせていたのだから。


 違う。違う違う違う!

 オーグは何度も自分の想いを否定した。

 メルはただ単に貴族の三男坊として教養が整っているだけだ。

 中身は薄っぺらいガキであり、惹かれるなんてありえない!


 「……はぁ、たくよー」


 足を止め、オーグは空を仰ぐ。

 本当に――女なんだな。

 

 「まだ慣れねえよ、慣れる訳がない……なのに」


 今は男か、女か?

 心は男で生物としては女。

 時々女としての自分に引っ張られるのは自覚している。

 このままじゃ……きっと、まずい。


 「は、離してください!」


 オーグは正面に顔を向ける。

 そこには銀髪の背の高いモデル体型の女性の腕を掴む、太ったならず者がいた。


 「ゲヘヘ、ね、姉ちゃんお、オデと遊ぼうぜぇ?」

 「嫌です! 離してください!」

 「……たく、なんなんだよ」


 オーグはそれを見て苛立つように頭を激しく掻いた。

 今大変気分が悪い。それもこれもあのメルってやつの仕業だ。

 龍のキバの頭領としてのオーグなら、こんなありふれた光景無視していた。

 ならず者なんてどこにだっている、いちいち助けたって一文の価値もない。

 けれど今は八つ当たりしたい気分だった。無価値な事をしたいと思えた。


 「おい……お前」

 「ゲヒ? なんだこのチビは?」


 オーグはならず者の腕を掴むと、ゴブリンめいた醜悪しゅうあくな顔がオーグに振り向く。

 気持ち悪い男だ。女を助ける理由は無いが、ただスカッとしたいだけ。


 「ゲヒ? 風が……?」


 風が逆巻いた。オーグが魔力を練り始めた。

 ならず者は目を見開くと、オーグは八つ当たりの電撃を放つ。


 「ライトニング……!」

 「アバババー!?」


 バチバチバチィ、とならず者は感電すると、痺れて動けなくなった。

 そんな無様なならず者を見て思わずオーグは嫌らしく笑う。


 「あはは、おじさん情けなーい♥ こんな小さな女の子にも敵わないなんて可哀想かわいそう〜♥、ざぁこざーこ♥」


 いつになくメスガキ構文がノリにノッている。

 意識せずともそんな気持ち悪いメスガキとしての己が出てくるなんて、やっぱり女なんだろう。

 助けた女性はこんなヘンテコなメスガキエルフを見ると、ひと先ずは感謝をした。


 「あ、ありがとうございます」

 「ふん、たまたまだ。助けたんじゃない。八つ当たりしたかった時にたまたまコイツがいただけだ」


 オーグは両腕を組んで胸を下から持ち上げるとそう言った。

 しかし女性は首を横に振る。

 オーグは目を細めた。女性はにこやかに言う。


 「いいえ、どんな形であっても助けられたのは事実です」

 「……素直に感謝だけしてさっさと逃げれば良いだろうに。変なやつ」


 調子が狂う。オーグはどうも空回りしている。

 女性はよく見ると超が付く程の絶世の美女だ。オーグも男ならどよめきを声に出ていたかも知れない。

 これならならず者が手を出すのも無理もない。腰まで伸びた銀髪、身長は高く一八〇cmセンチメートルはあるか。

 リンやオーグの色気や、メルのようなガキ臭さとも違う。

 大人の色気を持った女性は、手で空に紋様を描いた。


 「これも日々の感謝でしょうか」

 「なんだ? アンタドルイドか?」

 「申し遅れました。わたくしベルナ族のコールガと申します」

 「ベルナ族? 聞き慣れないな」

 「ここより遥か遠くにある自然豊かな地域に住む部族の一つですわ」


 なるほど? オーグはよく理解できず曖昧な顔をした。

 ベルナ族……さっぱり分からないが彼女の所作や、よく見ると耳飾りに見慣れないものがある。


 「耳飾り、それベルナ族の物?」

 「これは海神エーギルの護りです。ベルナ族の神なんです」

 「ふーん。あ、俺様は魔女ウィッチってんだ。まあ見ての通りエルフだ」


 なんとなくエルフと名乗るのも慣れてきた気がする。

 内心複雑だったが名乗られた以上、こちらも名乗らなければなるまい。


 「……とりあえずここからおさらばだ、面倒に巻き込まれてもしょうもないからな」


 痺れて動けず恨めしそうにオーグとコールガを見つめるならず者を侮蔑して、オーグは移動を促した。

 街には悪いやつが沢山いる、昼間でも身を守るすべを持つのは重要だろう。

 コールガは頷くと、のんびりとした笑顔で言った。


 「そうですね。わたくしのんびり屋なので、都会ではどうも巻き込まれやすいみたいで」


 二人はその場から歩き出す。

 コールガは頬に手を当てると優雅に困った顔だ。

 なんとなく本物の気品のような物を感じる。

 天然で典雅てんがとでも言えば良いのか、もしかしたらそれなりの身分の者か。


 「このメメントに来た理由はなんなんだ?」

 「わたくし、見聞を広めたいのですが、一人旅ではやはり不安ですね」

 「とりあえず寝る場所に困っているなら教会がオススメだぜ。後は金に困っているならこの街は仕事には困らないな」

 「なるほど、親切にどうもありがとうございますわ」


 コールガは何度も頭を下げた。

 メルとはなんとなく似ている気がするが、こちらの方が大分落ち着いている。

 コールガはこの愛らしいエルフを見下ろし、なにかを悟って不思議なことを言う。


 「ふふ、それにしても見かけによらず貴方は暖かな魂の持ち主ですね」

 「魂だぁ? 見えるのかソレ?」

 「見えませんわ。けれどわたくしの国ではそう喩えます」


 習慣が相当違うんだな……。

 異文化交流というのは難しいと聞くが、確かに簡単ではなさそうだ。

 コールガは典雅に微笑ほほえみ、胸元に手を当てる。その胸は豊満だ。

 少々人が良すぎる気がするが、少し心配にもなるな。


 「魔女様はこの街で暮らして長いのですか?」

 「様なんていらん。長いか短いか分からんが、コールガよりは慣れているな」


 エルフは街では珍しいからか、どうやら同類と思われたらしい。

 街で暮らすエルフもいるとはいえ、珍しいのは事実か。

 エルフは人攫いに狙われやすいし、周囲には注意しないとな。


 「あっ、わたくしはここで、よろしければお礼をしたかったのですが」


 コールガは足を止めた。恭しく頭を下げると、オーグは「別に良い」と首を振る。

 だがコールガも簡単には退かない。


 「では海神の加護を貴方に」


 コールガはそう言うとオーグに謎の紋様を空に切った。

 海神の加護……と言っても、近くには海なんて無いんだが、な。

 兎も角コールガはそれで満足すると、手を振って街の奥へと消えていった。

 一応オーグも手を振るが、見えなくなると手を降ろした。


 「……帰るかしら、心配させる訳にもいかないからね」


 なんとなくストレスは解消された。

 もうリンやメルも落ち着いている頃だろう。

 今日のアイツらは変にテンションが高かったが、いい加減頭領の威厳を出さないと、そう誓うのであった。

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