第二章 冒険に行こう

第5話 冒険に行こう!

 カランカラン。


 ベンの店の扉が開かれる。こんな昼間から来る客は珍しい。

 こんな時間から来るとなると大抵はろくでもない奴だ。

 昼間に仕事が無いやつ、大抵はならず者かならず者紛いも冒険者。

 ベンはいやいや入り口に一瞥いちべつすると、ピンク髪のロリ巨乳メスガキエルフが入ってきた。

 扇情せんじょう的ともとれる黒の魔女服、翠星石の丸い瞳、胸元がはだけ、歩くだけで揺れるのだから、存在自体が卑猥ひわいとさえ思える。

 メスガキエルフは機嫌が良いのか朗らかな笑顔でベンに手を振った。


 「よぉーベン! また来たぜー!」


 ベンはいきなりため息をついた。これまた特上ののくでなしがやってきたものだ。


 変わらないといえば特に変わらない一日。

 特にこのメスガキエルフに限ってはその日も怠惰たいだなものだった。

 ただ少し明るさを取り戻したか、その幼い表情には笑顔も増えている


 一方そんなよく分からないロリ巨乳エルフに毎日店に来られれば店長のベンも胃痛いつうがしてうんざりだ。


 「また来たんですか……あれ、今日はリンさんはいないんですか?」

 「リンは仕事だってー」


 メスガキエルフ――オーグは迷わずカウンター席にちょこんと小動物みたいに座る。

 もうなにもかも慣れた姿で、ベンは諦めたよいう首を横に振る。

 リンが仕事しているのにこのニートメスガキエルフは相変わらずか、とは恐れ多くて臆病者に口には出来ないが。


 「で、何にするんです?」

 「酒!」

 「リンさんから出すなと命じられていますから駄目だめです」

 「なんでじゃー!? ガリ勉のくせ生意気なまいきだぞー! 酒を出せー! さーけーさーけー!」

 「無理なものは無理ですってば! 第一役人に目を付けられてるんですから!」


 役人? オーグは可愛らしく首を傾げた。

 この中身おっさんも、すっかり心身共に少女となって汚染おせんされている。

 黙っていれば、超が付く程美少女なのにな、と残念がるベンは店の奥を指差す。

 そこにはいかにもな役人がチビチビと酒を飲んでいた。


 「天下のお役人様が昼間から酒か?」

 「アンタも同じでしょうが」

 「俺様はいいーの、俺様は特別なのだから!」

 「うざっ……まあいいや。かく治安を下げる店ってのは役所からしたら即切り業務停止なんすよ。こんな小さな店一瞬でつぶれるんすから!」


 ふーん、とオーグはつまらなさそうに頬に手を当てる。

 いつの時代だってそうだ。国だ役所だ何かに付けて税金をせびり、治安維持を名目に弾圧を行う。

 だからこそ龍のキバは居心地が良かった。

 緩いルールがあるだけで、掟は状況判断だ。

 ところが社会に出たら役所の禁止事項でがんじがらめ、これなら盗賊の方がやっぱりマシだなと痛感する。

 とはいえ、国は暴力を独占出来るから国であって、盗賊も暴力が強くなければ簡単に討伐されてはい、お終いだ。

 馬鹿だが現実は理解しているオーグは、だからこそ龍のキバの再建は無理だな、と諦めが付いている訳だが。


 「はい、簡単な物ですけど、これ食べてください」


 ベンは酒は無理だが、代わりにサンドイッチを提供した。

 オーグはベンお手製のカラフルなサンドイッチを見て、目を輝かせた。


 「おー、お前が作ったのか、これ?」

 「ええ、まぁメニューには載せてませんけど」


 元来手先の器用な奴だとは思ったが、料理の才能もあったのかと新発見したオーグは、ふとサンドイッチを見て、不満げに愚痴ぐちる。


 「肉がない?」

 「は?」

 「もっとこうー、油でカラッと揚げた肉みたいなの、ない訳?」

 「注文が多いな……てか、アリスさんってエルフでしょ、菜食原理主義ヴィーガンじゃないんすね」


 アリスという言葉にオーグは長耳をピンと立てた。

 そう、この身体は恐らくアリス本人。

 けれどアリスと呼ばれれば呼ばれる程、オーグの自我は薄れていく気がする。

 オーグは首を振ると、俺様はオーグ様だと己に言い聞かせた。

 ちょっと不機嫌になるとサンドイッチに荒っぽくきながら、彼女はベンに忠告した。


 「俺様をアリスって呼ぶな!」

 「えぇー? じゃあなんて呼べばいいんすか?」

 「その足りないド低能で考えろ馬鹿!」

 「理不尽! 今日のエルフさんあんまり可愛くない!」


 とはいえだ。サンドイッチをペロリと平らげ手に付いたパンくずを舐め取りながら、オーグ自身も真剣に考えている。

 アリスでないならばなんなんだ? オーグであるがオーグじゃない。

 なにより今はあまりオーグの名前はみだりに使いたくはなかった。

 こんなチビエルフになっただけでも屈辱的なのに、なによりオーグを殺した暗殺者の目的も分からないのだ。

 もしもう一度狙われれば、今の身体じゃ万に一つも生き残れないだろう。


 「兎に角だ。次は肉だせよ? アタシは肉好きなん……俺様は」

 「時々一人称が振れるし、本当にエルフって皆変だなー」


 他のエルフと一緒くたにされるのも屈辱だが、オーグ目線でもエルフは変わった奴だとは思う。

 エルフに肉食の文化はなく、奴らは皆ヴィーガンだ。

 皆耳長で自然信仰とやらで生活している。

 何故か同じヒューマノイドでありながら、凄まじい長寿であり、エルフの大抵は多種族を見下すものだ。

 他人を見下すのはオーグも一緒なので、あんまり馬鹿には出来そうにないが。


 カランカラン。


 来客を知らせるカウベルが鳴った。

 ベンはいつもように客に頭を下げた……が、少し意外な来客だった。

 入ってきたのはガシャリガシャリと、重たそうな白銀はくぎんよろいを鳴らして歩く少年騎士だった。


 「うげ……」


 その来客を見てあからさまにオーグは顔色を悪くする。

 しかし逆に少年騎士はオーグを発見すると快活な笑顔を浮かべた。

 すぐに目当てに出会えた少年騎士は直ぐにオーグに駆け寄る。とっても元気な声で少年騎士は挨拶した。


 「ご無沙汰でありますアリス殿!」


 オーグは顔面を押さえると、ぷるぷる体を震わせる。

 あっ、今はアリスと呼ぶなと忠告を受けたばかりのベンはやばいと身震いした。


 「どうしましたでありますアリス殿?」

 「おいガキんちょ、俺様はアリスじゃねえ」


 口調は比較的穏やか、だが表情は引き攣っている。

 非常に不機嫌、しかし少年騎士はよく分かっておらず首を傾げる。


 「アリス殿はアリス殿では?」

 「とーにーかーく! アタシをアリスって呼ぶなーっ!」

 「えぇぇ? さっぱり分からんであります! ではエルフ殿はなんと呼べばいいのでありましょうか?」


 同じこと聞いてる……ベンはこの後帰ってくる理不尽りふじんな返答を予想しながら、あえて少年騎士にフォローはしなかった。

 何故ならベンは日和見する臆病者チキンだから。


 「あー……うー、イッチとか?」

 「魔女ウィッチ殿でありますか?」


 あっ、ベンはもしかしてと気がついた。

 この傍若無人ぼうじゃくぶじんなメスガキエルフ、良い名前が思いつかなかったからサンドウィッチから決めたな。

 流石に恥ずかしかったのかオーグは赤面するが、都合よく少年騎士は魔女と勘違いしてくれた。

 すかさずそれだと誤魔化すオーグは手を叩く。


 「そう、これからは魔女ウィッチと呼べ!」

 「了解であります。つきまして今日は魔女殿に相談があるであります!」


 目的はそれか、少年騎士は本題に入った。


 「もしよろしければ一緒に冒険しないでありますか!」

 「冒険〜?」


 オーグの顔は芳しくない。

 無理もない。冒険者はずっと敵だったからだろう。

 そんな盗賊の頭領としての顔を知らない少年騎士には分からなかったが、彼はどこまでも真摯で、オーグに説明をする。


 「魔女殿、ずっと冒険には出ていなかったようですし、もし一人では行きづらいのならと、思ったのでありますが」

 「あー……?」


 そういえばアリスって元々冒険者だったな。

 とはいえ、だ。オーグは冒険などしたことがない。

 まして今の肉体では自慢のフィジカルも活かせない。

 かといって魔法なんて論外だ、オーグに魔法の知識はない。


 「だからまずは簡単な魔物退治から始めましょうであります!」


 しかしこの少年騎士も大概自分の話を進めたがる困ったちゃんである。

 どうしようかな。正直言えばオーグは冒険者稼業も悪くないんじゃないかって思ってはいる。

 リンを昼間働かさせて、自分は飲んだくれるのは流石にオーグでも良心はほんのちょっぴり痛むのだ。

 盗賊の元頭領という彼女の邪魔なプライドもあるが、そろそろ働くべきではと。


 「言っておくけど、戦力にはならないぞ?」


 オーグからすれば相当遠慮えんりょした言い方だろう。

 自己分析ぶんせきだけはしっかりしているのか、自身を過大評価は決してしない。

 生存の為の知恵だけは高く、かしこくはないが利口である。


 「良かったであります! 心配してたでありますよー、酒に溺れる程落ちぶれたのかと」

 「うー、否定は出来ないけどさ」


 今しがたベンに止められたことは根に持っている。

 けれどそれが駄目女の証と言われれば、流石にオーグも態度を改めるだろう。

 

 「あ、まだ自己紹介してなかったであります! 私メルディック・ガドウィンであります!」

 「どう呼べばいいんだ?」

 「気軽にメルでいいであります!」


 少年騎士メルは歳ならリンよりも年下だろう。

 身長もオーグとそれ程変わらない、むしろゴテゴテの鎧はサイズが合っておらず不格好でさえある。

 とはいえ貴族の三男坊を甘く見ない方が良いだろう。

 鞘に収められた白銀剣は伊達や酔狂ではないのだから。


 「じゃあよろしくな、メル」

 「はい、こちらこそであります魔女殿!」


 メルはそう言うと快活な笑顔でオーグの手を握った。

 リンが見たら目くじらを立てそうな光景だが、ベンは少しだけ二人を心配する。


 「ほ、本当に大丈夫?」

 「大丈夫であります! そんなに難易度の高いものではないでありますよ!」


 アリスという冒険者がどれ程の実力かは知らない。

 しかしメルがそこまで言うのなら信じてみてもいいだろう。


 「そんじゃ、ちょっと出掛けてくるー。リンが来たら冒険に出たって伝えてくれるか?」

 「そりゃ良いですけど……大丈夫かな?」


 オーグは立ち上がるとメルと一緒に出口に向かう。

 無事帰ってくればいいのだが。

 ただベンに出来るのは、リンにこの件を伝えること、そして彼女のためにサンドウィッチを用意すること、それだけだった。

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