クラスメイトの残念美少女、金を払ってでも俺と友達になりたい。

葉月文/ファンタジア文庫

第1話 プロローグ――契約

 ――わたしと友達になってくれますか?


 俺とクラスメイトである出羽結夢いずはゆめとの関係は、そんな在り来たりな一言と共に幕を開けた。

 まだ幼稚園児とか小学生の頃、その言葉は契約書のようなものとして、出会ったばかりの微妙な距離を測る為によく使われていたものだ。


 今でも、記憶の片隅に残っている。

 その契約の呪文をもって頷き、ハンコを押すみたいに手を繋いだりしてさ。

 きっとあの頃の俺たちは、二人の間にある空白を『友情』という形のないもので埋めて安心していたんだ。まぁ、年齢を重ねるにつれ、誰もがその面倒なプロセスを省略させていくようになったんだけど。


 高校に入学して数ヶ月が経つ今、そんなしきたりを守っている奴なんていない。

 そんなわけで、俺がその呪文を耳にしたのは、実に数年ぶりってことになる。まさか、俺とは縁のなさそうな高級住宅街の一角で、同級生の女子に言われるなんてな。

 思わず笑ってしまう。

 すると、目の前にいる結夢の顔もぱあっと輝いて。


「その顔は、OKってことですよね」

「嫌だけど」

「嫌なんですかぁ⁉」


 すぐにしゅんと萎んだ。見事なものだった。穴の空いた風船みたいにしゅるるると空気が抜けていくっていうか、そんな感じ。


「な、ななな、なんでですか。どーしてですか」

「なんでって言われてもな」


 ポリポリと頬を掻く。

 シュワシュワのサイダーみたいな青にバニラアイスを彷彿とさせる白い雲が添えられた、やたらと暑い夏の日だった。


 足元に落ちた二人分の影が、やけにはっきりした輪郭をしていて。

 喉も渇いて、汗だって流れて。

 蝉はミンミンと命の全てを謳歌していて。

 そんな夏の熱量をたっぷり込めたような熱い瞳の全てで、


「だ、駄目ですよ。あなたは、わたしと友達になるんです」


 出羽結夢は俺だけを真っすぐに映していた。

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