第29話 秘密
「ゴッホゴホ……! ええ!? そうなんですか!? 宮廷料理人って王宮の料理作るシェフですよね!?」
「あはは……まぁ、そうです」
「ほぇー……」
マスターはリンネを横目で睨みつけるが、当のリンネは舌をぺっとだして悪戯そうに微笑んでいた。
と言うことは僕が王宮に居た頃、このマスターもまた王宮で働いていたということか。
なんたる奇縁だろう。
あぁ、そうか。と僕は気付いた。
マスターを一目見た時、どこか見た事があったのはそういうことだ。
僕の料理を作ってくれている人はどんな人なんだろう。
どうしてあんなに美味しい料理が作れるのだろう。と、僕は石礫のペンダントを着けてこっそり厨房に忍び込んだ事があった。
きっとその時にマスターの事を見ていたのだろう。
なんという巡り合わせなのだろうか。
と、僕はひとしきり感激した後口を開いた。
「それでしがないなんて言ったら不敬罪もありけりですよマスター……」
「いやはや……あまり人には言わないものでつい」
マスターからすれば、宮廷料理人という肩書きはあまり口に出したくないのだろうか?
僕からすればとても素晴らしい事だと思うのだけれど。
「どうして公言しないので?」
「どうして……そうですね、料理人としてゼロから学びたかった、というのが一番でしょう。王宮で働いていたと言えば、この街の料理人達は私を敬遠していたと思います。気楽に、気軽に接する事が出来ず下手に出られ、学ぼうにも上手く学べない。自意識過剰の考えすぎかもしれませんが……」
「なるほどです」
「そして去年、ようやっと自分の、この店を構えたのですがね。今じゃこの有様です」
とマスターはがらんとした店内を眺め、苦笑いを浮かべた。
「お客さん、全然来ないんですか?」
と僕は言った。
「昼はそれなりに来てもらってるんですがねぇ、夜はからっきしですよ」
「なるほど、では今は僕の貸切ですね」
「情けない事にそうなりますね」
はぁ、とため息を吐いたマスターはおもむろにカウンターの奥に引っ込み、エールが入ったグラスを二つ持って戻ってきた。
おやおや?
「マスター、まだおかわりには気が早いのですが……」
僕のグラスにはまだ半分ほど、エールが残っている。
はて? と首を傾げると、マスターは鼻を鳴らしグラスをリンネの前に置いて再び奥へ。
「マスター? まさか」
リンネがそう言ってはぁ、と額を押さえた。
まさかとはなんだろうか?
またまた戻ってきたと思えば、冷菜がこれでもかと盛られた大皿を持っていた。
裏に入っていた時間は十分も経ってないというのに、皿の上の冷菜は見事に盛り付けられていた。
これが宮廷料理人料理長の仕事の早さなのかと、僕は舌を巻かずにはいられなかった。
そしてもう片方の手には、ソーセージが盛られた皿が握られていた。
「もー! マスター! 食堂の閉店時間までまだ一時間はありますよ」
「へっ、今日はもう終わりだ。待っててもどうせ来やしないさ」
「もう……最近ずっとそうじゃないですか」
「細かい事言うなって。ほれ、リンネも飲め飲め」
リンネはぶつくさ言いつつも、マスターから渡されたグラスをしっかりと受け取った。
「なんだかしれっと僕の食事に混ざってませんかマスター」
「そ、そうですよ! 私もいつもの流れでグラスを受け取りましたけど! ガイアスさんは旅のお方、初見のお方ですよ! 失礼じゃありませんか!」
「そ、そうだな……お客さん、よければウチらも混ざってよろしいですか?」
と、マスターは遠慮気味に言うけれど、テーブルに置かれた冷菜の大皿に、十本は乗っているソーセージの皿を見ると断るに断れないではないか。
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