第14話 素泊まり

「狭いだろうけど我慢しておくれ」

「いえいえ! ベッドがある、それだけで充分ですよ!」

「そうかい? そう言ってもらえると助かるよ」

「してご婦人、この部屋は?」


 綺麗に掃除されてこざっぱりとした部屋には、使用感のある机と本棚、それと一人用のベッドがあるだけ。

 使用感はあるけれど、生活感はまるでない。


「ここは息子の部屋さ。ずいぶん昔に独り立ちするって言って出てってねぇ」

「そうなんですか」

「いつ帰ってきても良いように、掃除だけはしてるけどね。ここ数年は便りもない。どこで何をしてるんだかね」


 ふぅ、と微笑んだおばちゃんは、窓の外を見て少しだけおセンチな気分らしい。

 母や父やアリエス、なんなら兄姉達も僕を思い出しておセンチになって欲しいものだね。

 もっとも僕にはそんな感情的になる予定も情緒もない。

 泣いている暇なんて、これっぽっちも僕には無いのだ。


「ぞうなんですねぇ……!」

「ちょっちょ! どうしてアンタが泣くのさ!」

「泣いでばぜんよぉ……!目にゴミが入っだんでずぅ!」

「そ、そうかい……? あぁ、まだ名前を聞いて無かったね。あたしゃフローってんだ」

「ガイアズでずうう」

「ガイアズさんね! わかったよ!」

「ス、でずうう」

「あぁはいはい! わかったから早く涙をお拭きよ!」

「ずびばぜんんん」


 おばちゃんから渡されたハンカチで目元を拭く。

 なんとまぁ親切なおばちゃんだろうか。

 ただ目にゴミが入ってしまっただけだというのに。


「ガイアスさんや」

「なんだいフローさんや」

「アンタ若いのに爺さんみたいな返事だねぇ。飯はどうすんだい? 良かったら食ってきな」

「いいんですか!? ありがとうございます! 助かります!」

「ただ、アンタの口に合う料理かは分からないよ?」

「大丈夫です! 不味くても食べます!」

「あはは! そうかい、そんじゃ日が沈む頃には食事の用意済ませとくからね」

「はい、わかりました」


 ケタケタと笑ったフローは、そのままドアを閉めて行ってしまった。

 日没まであと数時間はある。

 それまで何をしていようか。


「水、だな」


 水筒の中身もほぼほぼ無い。

 この家に来る途中、村の真ん中に井戸があったのを覚えている。

 水を汲んで……どうするか、散歩でもして景色を楽しむのもいい。

 

「フローさん! ちょっと出掛けて来ますね!」

「はいよー!気をつけてねぇ!」


 フローさんに一声かけ、玄関を出る。

 草と土の香りが一気に押し寄せてくる。

 んふぅーーっと大きく息を吸い、胸いっぱい鼻いっぱいに自然の香りを取り込んでいく。

王都を出て二日、最初は感動もしたけれど、今じゃ特別さも無い。

 なんならこれがこれからの日常になっていくのだ。

 

「よう旅の人! 良かったら寄ってってくれよ」


 大して舗装もされていない村の中をテクテク歩いていると、ねじり鉢巻をしたおっちゃんに声をかけられた。

 おっちゃんの前には野菜や果物が並べられている。

 どうやら八百屋のようだ。


「こっちも寄ってきなー!」


 と、隣からも別のおっちゃん。

 隣は……肉屋かな? 

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