第6話 そいつがアンドロイドだと忘れたか?
次の階層は驚く程美しく、恐怖がなかった。
人工太陽と共に広がるのは空だ。
鳥が飛び交い美しい鳴き声が響く。
見惚れていたい景色だが、足場がほとんどない。
扉から入ってすぐに崖になっており、向こうの扉までは全て空だ。塔なので床がないはずはないのだが、下を見ても何も見えない。
だがこの階層はすぐに抜けることができた。ここの『守護者』が私達を見つけて、気球に乗せてくれたのである。
「ありがとう」
守護者が助けてくれると思っていなかった私達に、気球の風船に空気を入れなおしながら守護者は無愛想に頷いた。
そしてすぐに飛んで行ってしまった。
その次は爬虫類だが、意外な事に全て綺麗にケースに収まっていた。歩く分には安全だがそこまで分けるのかという几帳面さに驚いていると、守護者が現れた。
彼は私達がケースの中に手を入れていないかしつこく聞いてきた。ようやく信じてくれると、さっさと出て行けとばかりに下に通された。
次は虫の層だった。気持ち悪いと足を踏み入れた直後は思ったが、入ってみると絶滅寸前の物が多く、虫の数はかなり少なかった。守護者は私達と特に会話をせず、ずっと虫の様子を見ていた。
そしてこの魚の階層に辿り着くことができた。
水槽に囲まれた空間を守護者であるアンドロイドを探して歩く。
「あれかな?」
水槽は全て繋がっているが、一つだけ区切られた水槽があった。
その中に入っているのは下半身が魚で上半身が人間みたいなもの。
人間だが皮膚は青みがかっていて、瞳は赤という青人類の特徴を持つ。
水槽の中の守護者に、アンドロイドがかつかつと靴を鳴らして近づいた。
「久しぶりだな」
アンドロイドの挨拶に、水槽の中のものは目を細めた。
とても感じ悪い。
初めて彼を見る私でさえ嫌味ったらしい奴だと分かった。
「ヒトの存続が失敗したのだな」
水槽の中の彼はとげのある言い方をした。
今まで会った守護者よりも彼は面倒な奴かもしれない。
「三千年もたせたのだから、そこまで馬鹿にされる筋合いはない」
「同族殺しが相次いだから、絶滅したんだろ。お前に存在意義はない。なんで塔を下りるんだ?」
アンドロイドも何か言い返そうとしたが、私の怒りの方がスピードが速かった。
つい、私はアンドロイド達の間に割り込んだ。
「人間である私がアンドロイドに頼んで塔を下りているの。アンドロイドはあくまで人間のために行動しているの」
にやにやしているそいつに腹が立った。
「人間は賢いな」
そいつが嫌味を言うのなら、私だって応える。
「あなたは知能が無い生物の守護だけど、彼女は知能を持つ人間を守護していたの。彼女の方が大変な事をしていた。あなたは魚達にここから出せとも、助けてくれとも言われたことないでしょ」
「馬鹿だな」
私の紡いだ言葉を叩き落とすかのようにそれは声を荒げた。
「その知能こそが絶滅を招いたのに」
「知能を持つように進化した生物なの。魚より進化しているの」
それは部屋の水槽が振動するかのような勢いだった。
「ふざけるな!」
それがあまりに唐突に大声を出し、私は反射的にひるんで肩が力んだ。
「警告する。これ以上おりるな!」
どうしてそこまで怒るのか。彼がここまで怒る理由が分からなず、混乱する。こんな奴に怯えたくはないのだが、言葉を紡ぐ私の勢いが止まった。
だけどアンドロイドが私の肩に手を置いてくれた。
「お前の警告は受けない。第三階層への扉を開いてくれ」
淡々と言い放つアンドロイドは少しも怖気づいていない。その穏やかな姿がそいつの心を叩いたらしく、そいつも口を閉ざした。
美しい水槽の空間は無言がよく似合う。このまま三人とも何も言わず何もせずにいるのだろうか。
そう思いかけた時、彼がようやく口を開いた。
「第三層に下りるためには、このアップデートパッチを飲み込まなければならない」
彼が水槽内のスイッチを押すと、私の足元の床が振動した。
いち早くそれに気付いたアンドロイドがそっと私の腕をひいてどかしてくれた。
せり上がった床は私の腰の高さで止まる。
床の上の箱をそいつに促されるまま開けると、青い金属のプレートが入っている。
「それがアップデートパッチだ」
「アップデートって、誰が」
私がみなまで言う前に、そいつはくすくすと笑った。
先ほどまでと違うごく普通の笑みにうすら寒さを感じる。
「そいつがアンドロイドだと忘れたか?」
アンドロイドにパッチを当てるのは私としてはいい気分ではない。
彼女を生き物だと思っているわけではないが、彼女の意思ではない書き換えに拒否感がある。
だけどアンドロイドは何の問題も無いと言った顔つきで青いプレートを手に取った。
「いいの?」
「大丈夫だ」
アンドロイドが全く平気そうに青いプレートを金のリボンに絡めて、髪留めにした。
私の理解に及ばない事でも、彼女がいいというなら大丈夫だと思える。
三千年を生きたアンドロイドの叡智に、たった十八年の私の知識で口を挟むことは無い。
「よし。いいぞ」
頷くアンドロイドの金のリボンに青いプレートは違和感なく馴染み、最初から同じアクセサリーだと言えばそうとしか見えないだろう。ちょっとした不安を飲み込んだ私も頷いた。
そいつがあっさりとボタンを押して、第三階層への道が開く。そいつの嫌味の無い笑みのうすら寒さはここに置いておこう。そして出発する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます