お金のない世界

沙菜大 果歩

1


「142円です。」

 俺は今日も近所のコンビニで飲み物を買い、ドアを出る前に缶の蓋を開け一気に飲んだ。今日は炭酸の気分だった。口の中で弱い泡が弾ける感覚。いつぶりだろうか、ただ昔ほど炭酸が強く感じない。もうあの頃には戻れないんだなという寂しさに浸りながら炭酸を飲み干す。




「もう一本いくか」

 出てきたドアを引き返し再びコンビニに入る。普通、コンビニなら涼しい空気に包まれるが、今日はあまり暑くないからだろうか、コンビニに入った瞬間すこし生ぬるい空気に包まれた。


 俺は飲み物が置いてあるコンビニの後方へと真っ直ぐに進み、その扉を開けた。先程と同じ炭酸を手に取ると同時に缶を開け、口に運ぶ。

 

 ______この世界にお金はない

 

 

 俺が何をしようとしたってお金を払う必要が無いのだ。

 ならばコンビニで飲み食いすべて済ましてしまおうと思い、俺はコンビニへ足を運んだのである。炭酸を飲み干し、息苦しい首の詰まった学ランのボタンを取る。再び炭酸飲料を手に取ろうとしたが、その横にある缶ビールに惹き付けられ、流されるように俺はビールに手を伸ばした。

 

 お金払う必要がない世界だからと言って、未成年がお酒を飲んでいいという訳ではない。でも興味本位なのだ。炭酸飲料よりも少し長めのロング缶を勢いよく空け、ビールを口へと運ぶ。のどごしのいい爽やかなビールの味がする。1度飲んだら止めることが出来ない。段々と初めて味わうような酔いが回ってふわふわした気持ちになった。


 そういえば、父親に飲まされたことがあった。

 俺が小学生だった頃、父と母と3人でよく食卓を囲んでいた。威張った口調だが頼りになる正しい父親で、優しいがその中でもしっかり芯があるのが俺の母親だ。

 

 「こんなおれでごめんなぁ・・・」

 酔っ払って、呂律が回らない。体の疲労感と共に意識が朦朧とし、身体中の汗腺からじわじわと汗が湧いてきた。

「暑すぎるだろ、、!!!猛暑なんだからもっと効かせろよ!!!!」

 頭痛もして、脳がピリピリした。やばいこれ超酔ってる。

 店員に冷房の温度をもっと下げろと文句を言いに行こう。ふらついた足取りでレジへ向かう。勢いよくレジに手を付き、久しぶりに大声で叫んだ。

「おい店員!!早く出てこいよ!!お客様がお呼びなんだけど??!!!」

 酔いのせいか暑さのせいかは分からない。とにかく怒鳴り口調で叫び続けた。

 

 ________しかしその叫び声に返答する者はいない。もちろん俺を見る痛い視線も感じられなかった。

 

 俺は諦めてコンビニの白いタイルの床に横たわった。

 こんな事普通はしないだろうな…


 

 

 ただ今のこの世界は普通では無いのだ。いや、これが既に俺の普通になりかけている。

 


 ___________________________________



 いつものように朝起きたら家族の騒がしい声が聞こえる。料理をしている音がする。目を擦りながら階段を降りて、学校の支度をする。

 

 それが少し前。いや、いつだったかな、数年前、数十年前の日常だった。

 

 そんな日常にそれは唐突に起こった。


 その日の朝はやけに静かだった。家の中どころではなく、世界が。

世界が静まり返っていて、音が戻ってくる気配すら感じられなかった。

制服に着替えた俺はいつもと同じのように階段をおりてリビングに行った。

「お母さん?」

 だれもいない。キッチン、トイレや洗面所2階の物置部屋。名前を呼び続けても返事がなかった。外で掃除でもしてるのか、と思った俺はだらしない学ラン姿で家のドアを開けた。

 

 人がいない。

 母親の姿どころか犬を連れて歩いてる近所の人、家の前の通学路を通っている人が一人もいない。動物や昆虫の気配さえ感じることが出来なかった。

 



 俺の長所は予想外の事態であっても臨機応変に対応出来ることだ。

その時から俺は世界で1人きりになった。やりたいことは沢山あった。まずゲーム。それからお菓子の爆食い。丸1日何もしないで寝るとか。でもそんなの直ぐに飽きて退屈になった。十分すぎるぐらい暇を持て余した俺は、近くのコンビニに入って食べ物を好きなだけ食べた。飽きたらまた別のコンビニへとつぎつぎにコンビニに入り続けた。

 

 

 そして今に至るのだ。

俺は改めて1人きりだということを実感した。ただこの状況を笑うことしか出来ない。


まさに「142(独り死に)だな笑」

いくら定員の真似をしたって、お金を払おうとしたって無駄だ。


 

 かつて高校生だった俺は今何歳なんだろうか、身体より少し小さくボロボロになった学ランを脱ぎ捨て、俺は再び新たなコンビニを探しに出かけた。

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