ドリーム小説

醍醐潤

ドリーム小説

 わたし、音夢井菜々ねむいななにとって、今日ほど一大事な一日はない!


 まさに、

(天地がひっくり返る)

 それぐらい、衝撃的なの。


 なぜかって? 


 そ、れ、は、


(わたしが授業中に起きている……!)


 今の時間は、午後二時半。現在、全国の学生諸君(もちろん私も含めて)が、一番睡魔に襲われやすい六時限目の真っ最中です。しかも、こういう時に限ってあるのは、数学Ⅱの授業。


「えーと、まずは問一。えー、log₂16。これは、えー、ここに書いてある16という数字に……」


 教卓に左手をつきながら、数学担当の白衣を着たおじいちゃん先生の口から語られるのは、教科書二十ページの演習問題の解説。


 この人の授業は、いつも眠たくなる。お坊さんがブツブツ、木魚を叩きながら唱えている念仏にしか聞こえない。本当に謎だけど、テンポ? それともリズムかな? なんか睡魔へ誘われて、気付けばいつも寝ちゃってる。


 でも……


 今日は、起きてる!


 それに、つまらないとも思わない。


 むしろ、


(なにコレ! 対数の授業オモしろ!)


 解説がこんなにも分かりやすいなんて、思ってもいなかった。わたしは、先生の言葉を一語一句正確に理解しながら、板書をノートに写す。


 ふと、わたしの左前の席に座る親友のフミのことが気になった。


 ちょっとそっちの方に視線を向けてみる。机に顔をつけて爆睡中。いつもの自分のことがあるから、あまり言えた立場じゃないことは、分かっているけど、やっぱり、人が居眠りしている姿を見るのは、ちょっと面白い。


「……とまぁ、こうなるから、えーと、この問題、誰かに解いてもらおうかな。今日は、四日だから、今朝のニュースで大リーグのエンゼルスがア・リーグ西地区で四位だったことにちなみ、大谷翔平の背番号は十七。だから……音夢井」


 いつもは授業中に当てられることがなかった(毎回飛ばされていたのかも)ので、ビクッってなってしまった。とりあえず、立ち上がる。


「えっと……」

 先生はコツコツと黒板を叩く。「これ。答えてちょーだい」


「4、です……」


 おじいちゃん先生が睨んだ気がした。


(えっ、間違えちゃった? でも、あの解説通りに解いたから当たってるはずなんだけどな……)


「……」


「……」


「……そうだな、4、だな」

 先生は満足そうな笑みを浮かべた。「はい、じゃあ、座ってよし」


(まったく、ドキドキさせないでよ!)


 でも、正解したし、なんだか気分がいい。


 よし、このまま他の問題も解いちゃおっ。


 シャーペンを握って、わたしは他の問題も解き始め――。





「……ねむい、ねむい、音夢井!」


「は、はい!」

 ガタンっ、と音を立ててわたしは勢いよく起立した。「分かります! 答えは2です!」


 その瞬間、みんなが一斉に顔をこちらへ向けてきた。自信満々に答えたのに、先生まで、きょとんとした顔をしている。


「何言ってんだ、お前」


「えっ」

 その一言に、今度はわたしまであっけに取られた表情になった。「今、数学Ⅱの授業じゃ……」


「バカ。この時間は、論理国語の授業だろ。ろ、ん、り、こ、く、ご」


 黒板をコツコツ叩かれた。確かに黒板を見てみると、板書は説明文の分析で、バリバリの文系科目。数字や公式なんてものは、どこにもない。


「まったく、寝ぼけてるんだな……」

 眼鏡をかけた先生は愛想をつかした様子で深いため息を漏らした。教室のあちこちで、クスクスと笑う声が聞こえる。「もういい、じゃあ、次」


 結局、授業に集中できるのは、夢の中だけなのね……。


 体が熱い。顔をリンゴみたいにしながら、わたしは静かに着席した。


             おわr

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