帰り際にわたあめとあんず飴を押し付けられた。

「夏祭りに行こう!」

ㅤ浴衣を着たそいつは、清々しい笑顔で言った。


「行かない。」

ㅤ玄関を閉じようとするが、無理矢理足をねじ込んでくる。おいお前草履でそんなことするなよと足元を見ると、履いているのは革靴だ。なんでだよ!


「さぁ、行こう!」

ㅤ手を差し出すそいつに、これ以上抵抗しても無駄だろうと、無理やり閉じていた扉を開ける。「ちょっと待っててね」と言って草履に履き替えるそいつは、薄墨色の浴衣がやけに似合っていて腹が立つ。


ㅤ祭りになんか、久しく来ていない。大学一年生のとき、一足先に社会人になった同級生が、祭りの準備で休日出勤だと嘆いているのを聞いてしまった。責められている気がした。自分に言われたわけではない。相手も、悪意の無いちょっとした愚痴だったのだろう。それでも、誰かの不幸の上に成り立つ歓楽が、耐えがたかった。僕一人が行かなかったとて、そいつの休日出勤が無くなるわけではないのだけど。


「浮かない顔だね。」

「お前は楽しそうでなによりだよ。」

ㅤ隣で林檎飴を齧るそいつを見る。薄ぼんやりとした赤色の林檎。表面が提灯の光を反射して照らされている。お上品に小さく削られた林檎は、皮の中から微かに瑞々しい断面が見えている。ひと口、抉るように。もうひと口。


「欲しいのかい?」

「いいや。僕はたこ焼きが食べたい。」

「それなら向こうに売っているよ。」

ㅤなんだかお腹が空いてきた。隣のこいつがあまりに美味しそうに飴を齧るからだ。唇を舐めとるそいつの舌は、林檎よりも余程赤い。目を逸らす。


「生焼けだ。」

「それもまた、祭りの醍醐味さ。」

ㅤ中がとろとろすぎる焼けていないたこ焼きを押し付ければ、文句も言わずに食べる。やめとけよ、と取り上げようとするが、返してくれない。渡すんじゃなかった。


「お前はほんとになんでも食べるんだな。」

「もったいないからね。」

ㅤもったいない。そんな理由でお腹を壊すやつがあるか。こいつのことだから、平気そうな気もするけれど。もったいない。そんな理由で僕のことも食べようと言うのだろうか。生焼けのたこ焼きと同じ扱いをされていると考えると、良い気はしない。

ㅤ子供達が駆けていく。向かう先にあるのはかき氷屋だ。少し値段の張る、ふわふわのかき氷。


「買ってくるかい?」

ㅤ首を振る。大きいかき氷は食べきれない。

「あれはね、ゆっくりと凍らせることが重要なんだよ。」

ㅤつと、見つめられ、居心地の悪さを感じる。君が死んだら、浴槽に沈めて、ゆっくりと足先から凍らせてしまおうか、とでも言い出しそうな口を塞ぐため、焼き鳥を押し付けた。


「こんなに食べ物買って、どうするつもりなんだよ。」

「そりゃあ、食べるのさ。」

ㅤからからと笑うそいつの背後、屋台の向こう、花火が上がった。笑顔を彩った花火に、子供達から歓声が上がる。知らず綻ぶ頬を引き締めようとしたところで、そいつが満足気に言った。


「君が、祭りを楽しんでくれたようでよかった。」

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