飲み会に参加しなかった理由を問えば、当然のように「君を介抱しないといけないから」と返された

ㅤ飲み会なんてものは好きじゃない。好きなだけ騒いで、はしゃいで、喧騒に置き去りにされる。酒は飲めない方でもないから、正気で取り残される人たちの方が可哀想なのかもしれないけれど、そういう人たちは、好きで僕らの痴態を眺めているのかもしれない。そういえばあいつは酒に強いが、いくら飲んでも様子が変わるところを見たことがない。この悪趣味め! と、目の前に居ない男を詰った。

ㅤ公園のベンチの冷たさに嫌気がさしてきたので、家を目指す。歩道を歩きたいのだが、気が付くと車道にはみ出してしまう。こちらは真っ直ぐ進んでいるので、道の方が意地悪をしているのだろう。自室の玄関の前に辿り着いたところで、足元に何やら光るものが落ちていることに気が付いた。拾ってみると、ガラスの破片のようだ。これ自身が光っているのではなく、玄関の灯りを反射していたのだ。先日車に轢かれそうなところを道の端に連れていった猫からの贈り物かもしれない。玄関の鍵を開けながら、ガラスの縁を指でなぞる。

ㅤ靴が上手く脱げずにそのまま玄関口に転がった。滑稽な様が愉快で、笑いがこぼれてくる。一人暮らしじゃなかったら、誰かに写真でも撮ってもらったかもしれない。転げた拍子にガラスの破片を握りしめてしまったようで、左の手のひらが冷たく痛む。ガラスを避けてみれば、やはり切れていた。ちょうど生命線に重なるような歪な切創を、伸ばすようにガラスを這わせてみる。徐々に力を入れれば皮膚に食い込む感覚がして、パックリと裂けた皮膚を夢想する。実際は、点々と血が滲むくらいだろう。しばらくすると何も感じなくなって、じんわりと、何かが、何もかもが、許されている気がする。

ㅤそこで、人の気配がしたので、声をかける。

「やぁ、おかえり」

「こっちのセリフだけどね」

「なんだい、ここは僕の家だ」

ㅤ今日も不遜な態度で出迎える友人は、こんな時間まで起きていたらしい。リビングから出てきた友人を押しのけ、ソファーにダイブする。引き寄せたクッションはだいぶよれよれだ。

「そのまま眠るつもりかい?」

「明日は自主休講だ」

「風邪を引かないようにね」

ㅤどこからか毛布を引っ張り出してくる友人をぼぅっと見つめながら、手のひらに握りこんだガラスのことを考えた。

「なぁ」

「どうしたの?」

「今、僕が食べてもいいぞって行ったらどうする?」

ㅤどうしてこんなことを口走ったのかはわからない。第一に、酔っていたから。第二に、おそらく夕飯であったのだろうカレーのにおいがしたから。そんなところだ。

「私はお酒に弱いからなぁ」

ㅤと微笑む友人の姿に嘘つけと毒づいたところで、睡魔に意識が呑まれた。

ㅤ起きたとき、左手に丁寧に巻かれた包帯に、なんだかあいつを殴ってやりたいような気持ちになった。

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