プリンは三分の二をこいつに押し付けた
ㅤ田舎の道路はなんだってこんなに道幅が狭いのだろう。歩道がほとんど無い道で後ろからエンジン音が聞こえてきたら最悪だ。ギリギリ道の端に寄って走行する。後ろからライトに照らされるといっそ煽られている気すらする。こんな狭い道を自転車で通っていてすみませんね。罪悪感と苛立ち。やはり近道なんかするんじゃなかったと後悔したところで道幅の広い所に出る。さっきまで俺の後ろについていた車のテールランプを見送り、ようやく安堵の息を吐いた。
ㅤ通りに出ると、薬局の灯りが目に入った。店内全品5パーセント引きと書かれた赤いのぼりが揺れている。駐車場は混んでいたので、端の方に自転車を停めた。普段なら滅多に寄り道などしないのだが、5パーセント引きは魅力的だ。菓子パン売り場に行き、コロッケパンをあるだけカゴに入れる。これで今日と明日の朝昼夜の食事には困らない。ついでに薬剤の棚に向かうと、見慣れた青紫の箱が目に入った。咳止め薬の箱を一つ籠に入れる。せっかく割引の日なのだ。買っておいて損は無いだろう。密やかに添えられたお一人様一つまでの文字が鼻につく。あいつに頼めば何も言わずに買ってきてくれるだろうが、あいつにこんなことを頼むのは癪でしかない。レジの横にあった板チョコを数枚箱の上から投げ入れた。
ㅤ玄関を開けた瞬間笑顔のあいつが目の前に立っていた。
「おかえりなさい! 今日はハンバーグだよ!」
「帰れ! 不法侵入だぞ!」
ㅤ僕は一人暮らしだ。誰かに合鍵を渡した覚えもない。それなのにほとんど毎日当たり前のようにこの男は家にいる。引きずり出そうと腕を引っ張るが、ビクともしない。
「硬いことを言うものじゃないよ。友達だろう?」
「うるさい! 犯罪者!」
ㅤ親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのだろうか。引きずり出そうとした手を逆に引かれて部屋の中に招かれる。招かれるも何も部屋の主は僕なのだが。
ㅤリビングのテーブルには、嫌味なくらい美味しそうなハンバーグが鎮座していた。
「よくできた食品サンプルみたいだな」
「お褒めに預かり光栄だよ」
ㅤニコニコと笑顔をうかべるこいつの頭の中では、何でも褒め言葉に変換されてしまうらしい。ため息を吐いて、席に着く。多めに買ったコロッケパンを押し付けてやろうとビニール袋を漁ると、箱の角に指が触れた。引っ張り出したそれを開ける。
「風邪?」
ㅤいっそわざとらしく取り出した瓶を指さされ、「まぁ、」と答える。じゃらりと片手に数錠剤転がしたところで、手首を握られた。
「手、冷たいね」
「……外から帰ってきたからな」
「熱とか出たら大変だろうから、泊まってってあげようか?」
「お前に一晩中話しかけられる方が大変だと思う」
ㅤそう言って手を振り払うと、こいつはカラカラと笑った。「デザートもあるよ」と台所に姿を消す。
ㅤそいつが両手で抱えて持ってきたデザートはいつか僕が食べたいと言ったバケツプリンだった。
ㅤなんだか飲む気にもなれなかったので、左手に転がる錠剤を瓶に戻し、差し出されたスプーンを受け取った。正直もうお腹はいっぱいだが、プリンは好きだ。舌の上で溶ける甘さに、気付けばもう一口口に運んでいる。癪なことに、こいつは料理が上手い。というか、できないことなどないのではないかというくらい、なんでもできる。
ㅤ僕が死んだらこいつはいったいどんな料理にするつもりなのだろうと、ぼんやり考えた。
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